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社長コラム

eFの活動:創刊の挨拶

皆さま、こんにちは。 イー・ファルコンの志村です。


この春、当社でも新入社員がスタートを切り、何週かが経ちました。

彼らを迎え入れる研修には、創業から今日に至るまでの会社の歩みを、共に語らうというメニューがあります。

真新しいスーツも初々しい彼らに、これまでの来し方を語る機会は、15年間の“歩みの意味”を、問い直すきっかけを与えてくれます。


その、これまでの当社の拙い歩みを、あえて一言で表現すれば、それは「個別を通じて普遍を見る」という言葉に、集約できるのではないかと思います。


かつて(といっても20年程前ですが・・・)まだ前身の会社の時代、ある大手メーカーの経営者より「創造性のある人材が欲しい」との要請を受けて開発したのが“創造性テスト”でした。

当時は、高度経済成長の終焉後、既に“物の豊かさ”より“心の豊かさ”が、求められていた時代であり、新学習指導要領には子供の「創造性育成」が掲げられ、経団連は「創造的人材」の重要性を唱え始めていました。


ところが、心血を注いで開発した創造性テストで選考・採用された、100人にも上る若き精鋭達が、入社から3年のうちに、皆が退職してしまうという出来事が起こりました。

この由々しき事象を重く受け止め、その背景と理由を探ったところ、ある事実が明らかとなります。


それは、新入社員達にとっての上司達が、軒並み「従順性」の高い人材を“高評価”としていた一方、種々の「課題を発見する力」や「発案する力」を発揮している人材を“低評価”と見なしていたということでした。

つまり、募集要件で創造性を貴びながら、現場の評価ではその創造性が封じ込まれる・・・この大いなる矛盾が生みだした、不幸であったとも言えるでしょう。


その後、当社は「個社ごとに求める人材要件を定義して、人事の活動を行う」ことの重要性を提唱すると共に、それを実践化するメソッドを開発・提供することになります。

今日、もはや人事の世界では共通言語ともなっている「人材要件定義」も、元はと言えば、こうした現場における体験から生み出されたものでありました。


―― ともすると我々は、あるフィルターを通して人や組織を見てしまう。

その、フィルターとは「普遍」とも呼ばれる視座。

この普遍的な法則という視座を用いた瞬間、それまで複雑に見えていた現実は、一見、整理されて見えるようになる気がする。

しかし、そこでは「個別」という、瑞々しい現実のあり様が、我々の目や耳に届かなくなっている。――


だからこそ、我々が培ってきたのは「個別、つまり現実そのものに目を向け、そこから普遍的な法則を導く」という姿勢でした。

そしてそれは「あらかじめ用意された普遍的な法則で、現実を割り切る」という姿勢と、一線を画す生き方でもありました。


常に現実に寄り添い、その中に法則を見出すだけでなく、更にそこから独自の人間観・組織観や、新たなパラダイムを築き上げる・・・これまでの15年が、そうした歩みであったことを思い返すたびに「こうであるに違いない」あるいは「こうであるはずがない」といった、あらゆる仮説を排して、人や組織の中へと飛び込む勇気が涌いてくるように思えます。


これから、皆さまにお届けする種々のメッセージも、こうして現実に寄り添い、絶え間ない格闘を通じて得たものであると、ご理解頂ければ幸いです。


これよりまた、皆さまのご批正を乞う次第でございます。

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2015年10月27日
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研究室の一員となった輝之を待ち受けていたのは、あらゆる話し合いの場における、上田先生からの“質問”でした。

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