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社長コラム

二つの事件

竹野家が、千葉・稲毛の地に引越した後、輝之は夏休み明けの二学期から、市内の小学校に通い始めます。

この小学校で、彼はふたつの忘れ得ぬ体験を、刻むことになります。

その一つ目は、三年生の時のことでした。

理科の授業で、氷に塩をかけて0度以下に下げる実験中、輝之は一人、物思いに耽っていました。

皆が授業に集中せず、騒々しくなっている教室に向かって、担任の先生は言いました。

「みんな、竹野君を見なさい! 竹野君は静かにして、先生の話をよ~く聞いている!」と。

ちょうどその時、担任が説明していたのは「氷を、指でかき混ぜてはいけない」ということでした。

しかし、元より注意を向けておらず、話を聞いていなかった輝之は、指示と同時に、ビーカーの中の氷を指でかき混ぜ始めます。

それを見つけた担任の声が、教室に響くのでした。

「竹野君はよくない! 本当に先生の話を聞いてない!!」・・・と。

たった今、クラスの手本にされていた輝之に、皆の冷たい視線が集まります。

彼は、心で叫びました。

「さっきは、勝手に誉めたくせに、今度は落とすのかよっ!!」

─── ある一面だけから生徒を捉え“教師の文脈”に則って振舞っていれば「良い子」と言われ、則らなければ「悪い子」となる。

しかも、そもそも“なぜ”そう振舞っていたのか、その“生徒の文脈”など、顧慮されることはない ───

 

その授業で感じた、大いなる“違和感”が、少年の心に刻まれました。


しかしその後、そうした生徒の文脈を重んじる、教師との出会いが訪れます。

それは、五年生の担任の先生でした。

「竹野君は、何が好きなの?」

「理科!」

「そう。じゃあ、理科にもいろいろあるけど、特にどこが好き?」

「うーん・・・自然に触れること!」

「そう。じゃあ、自然に触れてワクワクするのって、どんな時?」

見た目が怖く、クラスの皆が“オニババ”と呼んでいた担任でしたが、生徒の一人ひとりの動機を見つめながら、しっかり背中を後押していく先生でありました。


ある授業で、星座の絵を描く課題に、取り組んでいた時のことです。

輝之が、となりのO君の作品を手にとって「うまく描けてんな~っ!」と、驚いていると「竹野君、それ、持っていらっしゃい」と、向こうから担任の声がかかります。

「とっても上手く描けてるじゃな~いっ!」と、オニババ先生。

「いっ、いやっ・・・これは、O君のなんです!」と、思わず言いそびれてしまう、輝之。

そして、席に戻って「ゴメン・・・オニババが、俺のだって誤解してる」と、謝る輝之に「いいよ、いいよ。また描けばいいんだから。それ、お前にやるよ」と答えるO君が、そこにはいました。


その、友のおおらかさが、かえって彼を後ろめたい思いで、いっぱいにします。

やがて、輝之は決意します。

「いつか、この後ろめたさが拭い去れるように、そして、先生の期待に応えられるように、頑張ってみよう!」

この決意が、彼の努力を生み、結果的に単に好きというだけでなく、理科を極めて得意な科目へと変えていくのでした。


この小学校時代における、ふたつの出来事は、彼にとって実に重大な「事件」でありました。

─── 教師によって、ある一面から自分というものが捉えられ、その評価が決定づけられた。

しかし、そのうちの一つの出来事は、自分の心に大いなる“違和感”を刻みつけ、もう一つは、自分の心に大いなる“決意”を促して、後の行動に影響を与えた ───

果たして自分は、これらの出来事を、一体どう捉えればいいのか・・・ その“問い”が、少年・輝之の胸に、宿ったのでありました。

そして、この幼き日の問いは、やがて彼を、教育哲学の道へと誘っていくことになるのです。

≪つづく≫

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