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社長コラム

流れに抗う選択

おもしろき
 こともなき世を
  おもしろく

すみなすものは
 心なりけり

幕末の志士・高杉晋作が詠んだと言われるこの句を、これまで輝之は、事あるごとに引用してきました。

取り分け、彼がこの句を好んだ背景には、彼自身の青年時代における苦闘の体験が、深く関わっているように思えます。


千葉市内の公立高校へと進学した当時、輝之は胸を患っていました。

常に微熱があり、全身に疲労感を覚え、物事に集中することができません。

中学の終わり頃に始まったこの症状は、高校時代にはますます顕著になり、やがて体を起こしているだけで、苦しい状態が続くようになっていました。

ついに、大学受験が目の間に迫った三年生の1月には、家で安静にするしかなくなり、丸まる一ヶ月間、学校を休むことになります。

「どうして、ここまで苦しみながら、俺は生きているんだっけ?」

そんな問いが、彼の脳裏をかすめます。

もう、どれだけ理屈を重ねてみたところで、どうにも解決することができない、人生の行き詰まりでありました。


「こうして、この体を労わりながら、俺は生きていくのか?」

時に、意識が朦朧とする床の中で、彼は、病気がさらに悪化するかもしれないという危機感を覚えながらも、一歩、前へ進み出ることを決意します。

輝之は、当時を回想します。

「具合が悪い、だから勉強ができない・・・そう判断したとしても、何ら不思議ではない状況ではあった。

しかし、“具合が悪い”=“勉強ができない”と、認めてしまう前に、いったん立ち止まって、その是非を確かめる必要があると思った。

そう考えてみた時・・・こういう状況だから勉強しないのか、それとも、こういう状況であっても勉強するのか、それを決めるのは、実に意志の領域の問題であり、そのいずれかを選び取るのは、他でもない自分自身である・・・そのことに、はたと気づいたのだ」と。

こうして彼は、流れに身を委ねる生き方を捨て去り、その流れに抗う生き方を選び取るのでした。


一ヶ月間の静養を経た2月の月初から、彼は一人、臨戦態勢に入ります。

翌月に控えた大学入試に向け、1週間で1科目の受験範囲を、つまり5週間で、試験の対象となる5科目の受験範囲を、全てマスターすると決意したのでした。

「悪いことを、もう言い訳にしない。むしろ、悪いのは“当たり前”のことなのだ」

一度、決意を固めた彼の胸中は、過酷なスケジュールの中にあっても、実に軽やかでありました。

そして、この挑戦の結果、輝之は志望校の合格を勝ち取ることになります。


─── “生”とは、次から次へと降りかかる苦しみを、淡々と受け入れて進むことであり、その中でこそ、初めて得られるものがある。

あの、格闘の中でつかんだものは、決して悪いものではない ───

彼が、自身の中に確かめたもの・・・それは、生きるということの“手応え”と、その“重み”であったのでしょう。

そして、それは人生における「喜び」というものが、安逸の中にあるのではなく、また、単に人生に湧き起こる出来事への“解釈のしかた”によって、得られるようなものでもない・・・真の人生の「喜び」とは、苦難の中でつかみゆく“生命の充溢感”にこそあるということを、見出した瞬間でもあったのでしょう。

こうして、入学の春が訪れるわけですが、それから程なくして、彼は、後に師事する哲学の師匠との、邂逅の時を迎えることになります。

≪つづく≫

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