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社長コラム

定説を排して見えるもの

その朝、大連の街は、マイナス15度の冷気に包まれていました。


昨年の一月、中国でも早くから、外資企業の招致政策で発展したこの都市を訪れたのは、ある日系メーカーからの要請によるものでした。

「製販ともに、アジアへの依存度が高まる一方、海外拠点へ赴任できる候補者は、至って乏しい。したがって、グローバル人材を計画的に輩出するための、早急な取り組みを要する」

こうした活動への、支援依頼でした。


この要請に対して、私は一つの定見を持って臨みました。

── グローバル・リーダーシップの人材不足を、嘆く声をよく耳にする。しかしこの企業も、海外に赴いて高水準のコミットメントを果たす、数々の人材を輩出してきた。

それらの、尊いモデルに見出だす要件を手がかりにすれば、次代の優れた人材を発掘し、育成できるに違いない ──


優れたグローバル人材のパフォーマンスを、因果の“果”とすれば、それを生み出している、因果の“因”があるはずです。

今、積みつつある因、赴任前に積んだ因、更には社会に出る前に積んでいた因・・・個性が綾なす世界で、そこに通底する要因を見出すことが、この訪問の目的です。


今回、選抜されたのは、この大連を含めた海外拠点への赴任経験者たち。

いずれもその名を聞けば、社内で耳をそば立てない者はいないという面々です。

「優績者の拘束時間は、極力短く・・・」という、人事部との検討の末、一人につき90分の条件で、インタビューが開始されました。


通常、こうした調査では、スタンダードなコンピテンシーや経験学習モデル等、既定の理論を用いると、対象の理解が容易になるように思えます。

しかしそれは同時に、企業の固有性の上に成り立つ要件を、見落とす危険性を高めることになります。

その意味からも、敢えて“定説”を排して臨むことが、我われのアプローチのスタイルとなります。


こうして調査を進めた結果、海外拠点の中でも、まず「北米拠点」で成果を出した人材には、“社会に出る前”の共通要件が見出されました。

それは実に興味深いことに、彼らが未だ幼少の頃、保護者等から“一度やると決めたことは、どんな事があってもやる”等の、「簡潔なポリシーに基づく教育」を施されてきた点でありました。

そこから、以下の考察が導かれます。

── 北米拠点では、シンプルなルール遵守の上に、自己責任に基づく成果が評価される。

そこでは、簡潔なポリシーに則るという、幼き日の銘記が“種”となり、自発的な機会の探索と挑戦を通じて、自らの活動領域という“枝”を拡げ、伸ばしてきた人材が、北米で活躍している ──


次に「中国拠点」で成果を出している人材には、“社会に出た後”の体験に、共通要件が見出されました。

それは、心底から尊敬できる上司等に感化され、育成されたという、「師匠との出会いと薫陶」でありました。

── 北米に比べ、歴史が浅い中国拠点は、人材も組織も未成熟な段階にある。

そこでは、若き日に、師とも仰ぐ存在から受けた薫陶が“種”となり、現地の従業員を忍耐強く指導すると共に、彼らの成長の確認を通じて、自らの智恵という“根”を深めてきた人材が、中国で活躍している ──


これらの考察から、拠点ごとに異なる“成功のタイプ”、また“枝の拡張”や“根の深化”といった、仮説的な視座を得ました。

ただし何と言っても、この要件に基づく人材採用や育成、そして成果検証の活動が定着した時にこそ、世界で活躍する人材を輩出する軌道が、確立したと言えるのでしょう。


データ・サイエンスの時代と言われる今日、遂げるべき目的が明確であるほど、事象の因果に対する鋭い仮説が求められます。

既定の理論を鵜呑みにすることなく、現実と向かい合い、そこから導いた仮説に立脚して、価値の創造へと進み出る・・・そうした本源的な規範が、これまでに増して求められる時代と言えるでしょう。


定説を排して、初めて見えるものがあります。

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