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社長コラム

「ニーバーの祈り」に託されたもの

今年の年初、心理学者であるA・アドラーの思想に基づいて綴られた一冊が、友より贈られました。(『嫌われる勇気』ダイヤモンド社)

現在も、多くの方々に支持されているこの物語の中で、著者が登場人物に語らせている一節が、私の心に留まりました。

それは「ニーバーの祈り」と、呼ばれるものです。

「神よ、願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ」

・・・古くから、キリスト教社会で口承されてきたこの言葉は、人間の成り立ちを知るための、重要な道標であると同時に、実に困難な実践上のテーマを、はらんでいると思うのです。


かつて、あるホテルの人事部のご担当と、語った時のことです。

そのご担当、曰く「入社した後、特に指導を施さなくても、お客様に対して“安心感”や“親しみ”を感じさせられる人材がいる。

ところが、逆にどれほど教育や研修を施しても、お客様に“緊張感”や“距離感”を感じさせてしまう人材がいる」

そして「この両者を立て分けるものは何かと言えば、幼少期や思春期において、その人の人間関係が豊かであったか否か・・・実に、その違いである」と。

わが国における迎賓の使命を抱き、顧客に対して一歩踏み込んだ“おもてなし”を指向する、この老舗ホテルは、膨大な経験とその検証を通じて、いつしか「発達段階の経験」という、人材を見つめる深い知恵を得てきたのでしょう。


一方、顧客との程よい距離を保ちつつ、スタイリッシュさを堅持する、ある外資系ホテルでは、発達段階における人との関わりが「低くはないが、高くない」という、従業員で構成されていることが、調査を通じて確認されました。

好対象をなす、二つのホテルのエピソードですが、いずれも、人生のある段階で獲得したものが成人後も続いていくという、言わば人間の個性における“不変性”を、指し示すものだと言えます。


他方、過日配信の当メルマガ(vol.3)にて、グローバルメーカーで活躍する海外赴任者たちが、かつての経験を基礎としつつ、活動領域を拡げ続け、人材育成の知恵を深め続けるサイクルを持っていたことを述べました。

これらは、本人が受動的に得たものでなく、意志と選択によって自らを形成してきたものであることからも、人間の個性における“可変性”を示すものと言えるでしょう。


こうした実例を紡いでいくと、人間の“個性の成り立ち”というものが、浮かび上がってきます。

――― 人間が、生まれ持って来た「気質」という“大地”の上に、人生の早い段階での体験という“種子”が植えられることで、基本的な「性格」が形成される。

我々は、この自らが依って立つ大地を、交換することもできなければ、かつて種を植えられた事実を、書き換えることもできない。

しかし、種が発芽して“根”を張り、“枝”を伸ばしてゆくように、自ら形成する「習慣」によって、自らを拡げ、深めることが可能になるだけでなく、自らに新たな種を、植えゆくこともできる。

そして、成長した草木が、そこで“花”を咲かせ、“実”を結びゆくように、その場で自らの「役割」を果すことを通じて、周囲を豊かに潤せる ―――

この重層的で、連関的に成り立っているものこそ、私たちが「広義のパーソナリティ」や、「我」と呼ぶものの、性質的側面なのではないかと思うのです。


私たちの中にある、変えられないものと、変えられるもの・・・そして、それを見分ける知恵。

「ニーバーの祈り」に託された、この不可思議な人間の内面を、常に見分けゆく知恵とは、“正しき人間観”に立たない限り、容易に獲得できるものではないでしょう。

しかし、その“正しき人間観”とは他でもなく、我々が人間や組織の中に身を置き、人の心と正対して格闘する中でこそ、初めて得られるものであると、数々の実例は教えてくれています。

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