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社長コラム

“神が宿る細部”を求めて

先日、元サッカー日本代表監督・岡田武史氏の講演を伺いました。

まず冒頭、氏は「採点競技や、敵と味方のコートが分かれる競技に対して、刻一刻と攻守が入れ替わるサッカーは、実に多くの“不定数=n”が存在する、複雑系のスポーツである」と定義されました。

更に「しかし、そうした複雑な要素が絡み合う世界の中にも、勝利をつかむための数少ない急所がある。元来、私は鷹揚な性格だけれど、一度見出した急所には、徹底してこだわり抜くのです」と述べられました。

そして「・・・なぜならば、“神は細部に宿る”からです」と。

そこには、戦ってつかんだものだけを、自分のものとしている人が持つ、深き言葉の響きがありました。

ここで氏が言われた“細部へのこだわり”が意味するところは、単なる“部分に執着する姿勢”とは、一線を画すものでしょう。

それは“全体”に対して、決定的に影響する“細部”は一体何であるのか、常に求め抜いて止まぬ姿勢と、捉えるべきなのでしょう。

・・・ともあれ、私がこうした氏の言葉を、深い共感を持って受け止めたのは、これまでの当社の歩み自体が、試行錯誤を繰り返しながら、人と組織の力を司る決定的な細部を、求め続けたものであったからに他なりません。


イー・ファルコンの創業以前、前身の会社の時代であった‘90年代半ば、我々は、人材の性格や能力の多面的な測定に基づいて、職業の適性を診断する、いわゆるアセスメントの受注生産を手がけていました。

その種類は、例えば営業職適性診断、あるいは起業家適性診断、また時には、高校生のための進路診断等・・・‘90年代の終わりには、大手ヒューマンリソース会社や、教育関連企業等に納入したアセスメントは、200本を数えていました。

こうした活動の集大成として、それまでに開発した、膨大な数にわたる測定項目を吟味して体系化し、100を超える側面から人の性格や能力を測定できる、職業総合適性診断「eF-1(エフワン)」を完成させ、運用を開始したのが‘03年の末のことでありました。

つまり、我々にとってこの受注生産の時代とは「職に即して、人を語る言語を築いた10年」であったと言えます。

その後、今日まで我々は、このアセスメントで測定・蓄積したデータと、それらの人材たちが実際に発揮したパフォーマンスとの関係を、厳密に検証してきました。

そして、導入企業数が500社、累積の受検者数が100万人を超えた今、極めて実効性の高い診断項目が浮き彫りになったと共に、多くの企業の優績者が保持する、新たな要件の存在が明らかとなりました。

そうした意味からも、この「eF-1」と共に歩んできた期間は「一度築いた言語を、人と組織の最前線である“現場”で磨き上げた10年」であったと呼べると思います。

そして今秋、更なる人の言語の、総合的な体系化に基づき完成するのが、適性検査「eF-1G(エフワンジー)」であります。


以上が、この新たなアセスメントのスタートに至った経緯ですが、もしこれまで我々が、既知の学術体系によって人間の個性を説明するという道、つまり「普遍から個別へ」というプロセスに終始していたとしたら、そこに完成するものは、人間を冷ややかに観察するだけの、言わば“死せる言葉”の集合体であったことでしょう。

しかし、我々が歩んだ道とは、目の前の瑞々しい現実に寄り添って法則を見出し、その法則をもう一度現実に適用して、確かさを検証するという道、すなわち「個別から普遍」を導き、再び「普遍から個別へ」と還るプロセスでありました。

この一見、迂遠とも思える歩みを通じて、人間が発揮する力の根源に光をあてると共に、そこへ息吹を与えゆく、言わば“人を活かす言葉”の体系を、築き上げられたと確信しています。


今、踏み出し始める次の10年。 “神が宿る細部”とも言うべき、人と組織の一隅を照らしゆける我々でありたいと、強く心に期しています。

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