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社長コラム

人と組織のファクトに向き合って

本年の9月、朝日新聞のコラムで、星浩(ほしひろし)特別編集委員が、政治記者の先輩であった、故・石川真澄氏の言葉を、引用しています。

「政治記者の仕事は、取材でできるだけ多くのファクト(事実)を集め、寝る前の風呂に入る時に、日本の明日、1週間後、1ヵ月後、1年後、10年後がどうなるかを考える。それを毎日、更新していくことだ」  (日曜に想う「事実と正直に向き合いたい」より)

この言葉が指し示すものは、現場で把握した、無数の事実に向き合う中で、未来を決定づける、因果の“因”を見出し、これから起こりくる、因果の“果”を考察し続けるという、絶え間ない緊張を要する作業であると思います。

また、それは机上における「将来の予測」ではなく、これから来る時代を、自分達の掌中に取り戻そうとする、切なる「未来への祈り」に貫かれた、行為であるようにも思えます。

そして、この言葉は、政治記者だけが負うべきものではなく、この国の未来を司る我々自身が抱くべき姿勢を、示唆しているように思えてなりません。


我々、イー・ファルコンは、一人の個性という“因”を持った人材が、未来において、いかなる“果”を生み出すのか、見つめ続けてきました。

そして、更なる確からしさを求めて、ある“果”を生み出している人材が、過去にいかなる“因”を刻んできたのか、問い続けてきました。

逆接的ではありますが、こうした取り組みを、冒頭の言葉を借りて表現すれば、次のようなると思います。

「まず、ファクトと向き合おう。そして1年前、3年前、5年前、10年前、それがどうであったのかを、求め抜こう」


ある、ナレッジワークを旨とする大手企業では、入社直後から頭角を現したにも関わらず、5年を過ぎた頃には息切れしてしまい、評価も頭打ちになってしまう人材達がいました。

一方、最初はパッとしなかったにも関わらず、5年を経た頃から、目を見張る成長を遂げている人材達がいました。

この両者の決定的な違いは、一体何か・・・それは、実に“入社時における仕事の目的観”にありました。

つまり「収入・経済的豊かさ」への動機が強い人材は、瞬発力が強い反面、中間の持久力で劣っているのに対し、もう一方の「やりがいを追い求め、深める力」が強い人材は、スタートの鋭さに欠けるものの、それ以降の伸びで優れていることが、データの裏付けによって明らかとなったのです。

また、あるメーカーでは、入社半年のうちに、メンタルを患ってしまった複数の新入社員達の間に「曖昧さや矛盾を受け入れる力」が、強すぎるという共通点を見出しました。

つまり、周囲からの期待や指示を、一身に受け止めて頑張り過ぎてしまう、いわゆる過剰な適応への姿勢が、仇となっていることを、我々は洞察しました。


これらをほんの一例とする、膨大な実践を経て完成した、当社の新たなアセスメント「eF-1G(エフワンジー)」は、その測定項目数において、業界の“ナンバーワン”と銘打っています。

また、採用のみならず、入社後の配属・育成・登用で、一貫して活用できる機能について、業界における“オンリーワン”を標榜しています。

しかし私は、単に測定項目の多さや、一連の人材フローに対する用途の広さは、特段、誇るべきことではないと考えています。

そうではなく・・・目の前の人材が、持てるものを十分に発揮するために必要なことは、一体何か・・・その、答えのない問いを抱き続けながら、現在の“果”と、過去の“因”との「関係の探究」に挑み、それを用いて「未来の創造」へと進んできた歩みこそ、我々が、真に誇れることだと思っています。

その上で、仮にこのアセスメントが、業界における“ナンバーワン”や“オンリーワン”足るものだとするならば、それを成立せしめた原動力とは、人と組織の現場のファクトに向き合った際の、あの切なる「未来への祈り」の他に、何もなかったと言えると思います。

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