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社長コラム

私の就職活動

今から20年前の‘94年の春、大学の研究室にいた私は、卒業を一年後に控えていました。

ちょうどこの頃、現役生が主催となり、研究室の歴代の先輩たちを招いてのOB会が開催されました。

盛況の中、閉会した会場で、私の4年ほど先輩だった一人のOBに、声をかけられました。

「志村君、今日は良い集いだったよ・・・ところで、来年は就職だったよね?」

彼は、私の進路を気にかけていました。

「どんな方向で考えているの?」

「はい、教育に携わる仕事がしたいと思っています」

当時、インダストリアルデザインの専攻であったにも関わらず、全く異なる分野を志望していたのは、あの、デザイン・サーベイを通じて目の当たりにした学生たちの姿が、私の心に刻まれていたからでした。

地域の居住者たちと、生活を共にすることを通じて、モノや暮らしといった目に見える側面の背景に拡がる、豊かで広大な“心の世界”を知った学生たちが、今度はその地域の当事者としての意識に立ち、そこに横たわる問題の解決へと乗り出していく・・・それは、たった数日の間に起こる、目を見張るような変化でした。

我々が認識している現象の背景には、自分(主観世界)と対象(客観世界)を立て分ける境界を、乗り越えゆく深層が存在するといいます。

ある哲学者は、それを「主客未分化」の境位と、呼びました。

そしてそれは“他人事”だと思っていた世界の問題を、実に自分自身の問題、すなわち“自分事”であったことに気づかせるとともに、止むに止まれぬ行動へと転じさせる、力の源泉でもあります。

その源泉に触れ、能動的な知恵と行動を発揮する青年たちの姿に、私は「これこそが、人間の成長を内から支える、本源的な力ではないか」との思いに、至ったのでした。

今から考えれば、実に他愛もない発想に思えますが、それが、若き日における思索の結論だったのです。

こうした経緯から、単に学校で修得してきた技能を活かすよりも、人間のより本質的な成長に関わって働きたいという願いが、私の心を占めるようになっていました。


そのOBは、続けました。

「そうか・・・僕が勤めている会社は、心理学を手がかりに、人間の行動の理由を見出して、人と企業の意思決定を支援しているんだ。だから、物事の本質を見つめて、次の一歩を支えるという意味で言えば、君の志望の方向とは、決して遠くないかもしれないね」と。

人間の知的活動には、大別して「ザイン(Sein)」、つまり“ものごとを正しく知る”という、客観的な認識・理解の領域と、「ゾルレン(Sollen)」、つまり“我、何を為すべきか”という、主体的な判断・行動の領域があります。

物事の実態把握を通じて、その背景に原因を探索する「ザイン」と、そこから対策を講じて、現実の実行へと展開する「ゾルレン」。この二つの領域の丹念な往復作業を、心理学を用いて実践しているということは、きっと、信用できる会社に違いないと直感しました。

振り返れば、これが後に、イー・ファルコンの母体の会社となる、シタシオンジャパンとの出会いでありました。 そしてこの日をきっかけに、私の志望は固まり、その翌春の入社へと進むことになります。


あの時の、就職の意志決定は、それまで修得してきた技能を、丸ごと捨て去ることを意味しました。

しかし、敢えてそう決断させたもの・・・それは、あの地域における原体験を通じて、私の中に芽生えていた、人間成長に関わる道へと“進まない訳にはいかない”という、実感でありました。

そして、その思いが固まりゆく中、あの出会いが訪れたのでした。


今、改めて振り返る時、果たしてあの出会いが、人生の“偶然”だったのか、それとも“必然”だったのかは、よく分りません。

ただあの時、既に為すべき命題をはっきり自覚していたが故に、目の前に現れた出会いの“意味”が、鮮明に理解できたのは、確かだったと思います。

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