
株式会社デンソー セラミック技術部 技術企画室長 |
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藤井 章 氏 |
株式会社デンソーに1985年入社。セラミック技術部に配属、以降自動車用セラミック製品の開発から設計、量産に従事された後、2007年より現在に至るまで技術開発室に所属し事業構想や新商品の企画、外部団体連携による技術支援を行いながら組織人材の育成に尽力 |
※登場する方の所属企業、役職等は当時のものとなります。
第5節 潜在意識と顕在意識の関係性
人間が行動を起こすには気質や性格、潜在意識などが大きく影響します。でも、それがそのまま顕在意識となって表出されるわけではありません。人間には理性があり、理性は潜在意識と闘いながら結論を出し自らの行動を決めます。そして、この理性は鍛錬することができます。理性を高め、志を高く持つことこそが人間の成長だと言えます。ひとりひとりが自らの理性を高めていくこと、それが組織風土の変革にもつながるということです。そして、いかにして自分の理性を上げていくのかを自問自答することが成長には必要だと思われます。

理性への働きかけを簡単な絵にしてみました。縦軸が理性の成長度、横軸がアウトプットです。まれに途中で破たんする場合もありますが、概ね理性というのは成長とともにゆらぎながらも平均して上がり、周りにもどんどん広がりを見せます。家庭では育成行動、会社では社会行動をともなって広がっていくのですが、家庭では低い理性が会社では高いと言うことはあり得ない、だいたい自分の理性の曲線からそのまま線を伸ばしたところ、落ちていったところに、家庭あるいは会社での行動が現れます。ゆえに、人の内面/外面の理性曲線は太くなっています。自分の理性が1の位置なら、会社の中での顕在意識はAで、社会行動の顕在意識はBという具合です。具体的にいうと、Aで意識が「こうすべき」だと考え、Bで行動に移す。Cでそれが成果に表れ、Dで評価されます。いつまでも理性が1の位置のままならアウトプットもそのまま。でも、心理的過程の修正によって理性が2の位置に上がると、意識が変わって、行動が変わって、成果が変わって、評価が変わります。
理性を上げるためには、どこに働きかければよいのでしょうか。上司によっては成果に働きかけるタイプ、行動に働きかけるタイプとさまざまですが、わたしは理性への働きかけをすべきだと考えています。例えば、家庭の事例で見てみますと、お子さんがテストで0点を取って帰ってきたとします。このとき「100点じゃないから、メシ抜きだ!」と言うのが評価に働きかけるタイプ。「なんで100点取れないの?」が成果に、「ちゃんと勉強しているの?」が行動に、「勉強する気があるの?」が意識に、そして「何故、勉強する必要があると思うの?」が理性への働きかけるタイプです。ついつい「メシ抜き!」なんて言ってしまうお母さんは、子どもを肉体的には育てられても、独り立ちできる正しい心には育てられないと言えます。親は、子供が産まれた時から自立させ送り出すときのことをイメージし、日ごろの言葉がけに細心の注意をしていく必要があります。何と長く忍耐のいる、しかし尊い仕事なのでしょうか。
第6節 自己愛と自己犠牲のバランス

先ほどは家庭での事例を見ましたが、これを社会の中でやらないといけない。この世に生まれ落ち、成人を迎えて、定年になって死んでいく。最後のところに神様、仏様、孔子様とありますが、これはなにかと言うと、孔子の教えの中に「70歳になったら自分の心のままに行動しても人道を踏み外すことが無くなった」という一文があります。これってある意味当たっているよなと思いました。で、最後に入れたのですが、そこにたどり着くまでの間にどんなことがあるのか、まずは自分の人格確立軸についてお話します。
生まれたらまずお母さんにしつけられます。「お花キレイだね」「ここはばっちいからダメよ」「お友達と仲良くしようね」等々、ここでは人間としてベーシックな感覚が育ちます。たまにここで英会話やおけいこ事などに通わせるお母さんもいますが、それはちょっとどうかなと思います。まずここでしっかりとしつけをやることが正しい心根を育てる基盤となります。そして、小学校、中学校で教育によって知識を得て、次に社会接触の中で愛し方、愛され方、生き抜き方を学びます。それから自己愛、いわゆる自分らしさが確立されます。スピードは人によって違いますが、愛し方、愛され方、生き抜き方といったベースの部分は9歳くらいまでに決まり、行動パターンや嗜好性は11~15歳で見た社会環境に影響されます。それら全般が生育環境と呼ばれるものになります。そして成人になるわけですが、とりあえずは単に成人しただけの不完全な人格です。ここら辺から、自分の人格確立軸以外にも子孫育成軸と社会貢献軸も伸び始めます。一番大事なのは自分軸ですが、自己愛の確立だけの状態で進んでいきますと、自分の我を主張するばかりで周りとぶつかり始めます。ここで我の限界を認識し、ちょっと自分を抑えて相手のことを考えて行動してみようという自己犠牲の気持ちが生まれます。自己犠牲に対して外部から評価されれば成功体験として成長においてプラスとなりますし、評価されなければそれはそれでストレスから自分を守る方策を身につけるきっかけとなります。こうした体験を繰り返していく中で、自分を犠牲にして他者に貢献することと自分を守り維持するということのバランスが取れるようになっていきます。バランスが上手く取れずに、自己愛が強すぎるままだと周りとぶつかり続けますし、自己犠牲が強すぎると全部俺が悪いんだとウツになってしまう。ですから、自己愛と自己犠牲はどちらも大事、バランスが大事なんです。より上位概念でそのバランスを行使できるようになった感覚が、孔子の言う世界なのかもしれません。
第7節 人生を紡ぐ3本の軸それぞれの意義

次は、子孫育成軸です。先ほどの我の主張のところをここに当てはめますと夫婦ゲンカということになります。ケンカにならないようお互いが理解し合い、そして、相手を尊重仕合う夫婦を見て育つ子どもには博愛の心が根付きます。違った価値観をもつお父さんとお母さんがバランスを取りながら夫婦として上手くやっているのを見れば、いろいろあるけど学校でもこんな風に上手くやっていかなくちゃいけないんだと学びます。夫婦で今度はこんなことをしたいね、行きたいねと新たな価値を探し始める頃、子どもには「君には君の道もあるんじゃないの」といった突き放した対応で、主体性を付与させる。そのうち子どもは成人し親はそれを観察反省しつつ、自分達夫婦の連れ添った意味を融合させるような振り返りもやっていく。これが、私がいろいろ調べたり、考えたりした夫婦のあるべき姿じゃないかなと思っています。
このように人の成長と夫婦の姿って非常に関連している。実は社会貢献軸にも同じことが言えます。生まれた時と同様、まずは職場風土という環境の中に入っていきます。そしてそれは、その人のその後の社会生活を大きく左右します。生育環境と職場風土は、同じものと言えます。その中で入社したばかりのときはすべて見よう見まね、自分のやり方では上手くいかないこともある、なるほどこうやって仕事するんだというのを認識する、さらに進んで自分一人の力の限界も認識するようになると、これは俺ひとりで、これはチームで、これは会社でやろうとなっていく、そうした展開の中で会社としての価値創造とかって言うのが出てくる。だいたいこれが人の一生と会社の一生じゃないかと思います。最終的に3本の軸がひとつになる場所、そこで大切なものはお金や名誉ではありません。いろんな人と打ち解けあったこと、評価をもらったこと、あなたがいてよかったと言われたことを思い出しながら自己の存在感をしっかりと確認し、愛に包まれる満足感です。実は、ここで終わりではなく、その人の生き様が死後も語りつがれ世代間伝承していくこともあります。
ちょっと話は変わりますが、最近この話を先輩講話として社内で話す機会がありました。社内の若い人たちには社会貢献軸の話だけでいいのではと思いながら、あえて子孫育成軸の話もしました。家庭生活と社会生活は、これまで述べてきたように自分の成長と切っても切れない関係にあるからです。20代を対象にしたときに「人の成長を考える時、この図を見て男性と女性どちらが不利か」と質問したことがありました。結論から申しますと女性が不利です。子どもに博愛を付与するのはその母性ゆえ、女性の役目と言われています、とくに9歳くらいまでは。まさに会社生活を始めて長くならないうちに、女性はこの時期を迎えます。もちろん男性にもできなくはないんですが、母性と父性は違います。父性の出番はもう少し後あとです。インターネットの記事などでは、産休を取るときの職場との軋轢が載っています。「あなたが休むせいで代わりを探さなくちゃならない」、「戻ってきた後はどうするんだ」など。こうした問題は、その人の仕事の面だけにフォーカスしているから生じています。子どもをつくること、産休を取ることをそんな小さな目で見るのではなく、全体を大きな目で見てその節々を判断して欲しい。彼女はもうひとつの大事な役割を果たすためにしばらくお休みするんだから、その間は俺たちでできる限りのことはしようよという職場になっていかないといけない。また、産休を取る側も「権利行使」のスタンスではなく、それが自然に認められるほど「人間的共感」を、それまでに得ておく必要があります。女性の社会進出促進や良い職場風土を作る上でも、子孫育成軸の話は必要だと思っています。
第8節 パーソナリティ診断を使った実践
ここまでお話してきたことをまとめますと、人材育成とは個人の理性の成長に合わせた働きかけで、心理的過程の修正、簡単に言うと心のゆらぎを誘発させて成長を促すことだと言えます。ゆらぎを誘発するにはこれからのビジョンについて語り合うことが始点でありかつ重要なポイントです。人間としてなにを目指すのか、その中で自分はどうありたいのか、仕事をする意味、仕事人としてどうありたいか。さらに、その実現のために足りないもの、それを得るためにはどういう行動を取るべきで、行動の結果はどうだったのかなどなど。でも、なんの根拠もなくただ語り合うだけでは成長の方向付けをするのは難しい。そこでイー・ファルコンさんのパーソナリティ診断を活用することになります。まず自分を知る、部下を知る。結果はすべて全員にフィードバックし、自分はどういう人材になりたいのかそれぞれ目標設定することになります。ここで非常に大事ことは、参加してもらう検査の中身を上司がしっかりと説明し、このOJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)で組織を変えていきたい、絶対に変わるんだと決意表明をすることです。説明会を開催しここをちゃんと説明しておかないと、この先の人材育成活動に全員の協力は得られません。活動を成功させるための育成側のひとつの重要なポイントになると言えます。

パーソナリティ診断によって見える化された性格、気質、行動、スキルからなる自らのパーソナリティを上司、部下ともに自覚することで目標人材像の設定が可能になり、「もっと人との絡みを気にしなくなると目標に近づけるよね」とか「ここを目指すとちょっと遠いけど、ここならいけそうだよね」と、お互いの合意を得ながら具体的な成功までのプロセスを話し合えるようになります。また、顕在意識が見える化されたことで、強いパーソナリティがあるのに行動には移せていないとか、弱いパーソナリティなのにちょっと無理をしているなどの行動の背景と実態みたいなものも見えてきます。
ただし、そうしたことをやる前に、一方的な決意表明から一歩踏み込んで、しっかりとひとりひとりに納得して取り組んでもらえるよう、様々な取り組みも必要になりました。その中のひとつがファミリートレーニングです。泊りがけの全員参加研修会のことで、いくつかのグループに分れ、グループごとにテーマを決め、何かをつかめるまで何時間でも話し合いを続けます。最後にはみんなそれぞれに何らかの気付きがあり、何かをつかみ、話し合いのスタート時よりは上位概念で物事を見られるようになっています。ひとつ問題なのは、そうした特異な状況でつかんだものは日常に戻ると案外簡単に忘れてしまうこと。つかんだものをいかにして維持していくかが次の壁になります。
第9節 実践を継続する中で見えてきた成果
一度つかんだものを維持させるために、現在はコーチングとプロジェクトマネジメントを導入しています。コーチングは一対一、個と個の成長を目指し、プロジェクトマネジメントはチームの成長を目指します。
今回は、コーチングの例を御紹介します。人は最初から明確な意思をもっているわけではなく、自ら話しているうちに初めて自分の意思活動に気づくというのがコーチングの考え方です。コーチはホメたり、指示したりはしません。本人の前向きな気づきに対し「それでOKだよ」と承認を与える、あるいは提案するだけです。自分では後ろ向きと思っていたり、上司の顔色をうかがった様な気付きには、承認を与えてはいけません。部下の人生は部下のものなのです。そういう点で我々の場合は上司がコーチ役をやるのでどうしてもティーチングになりがちなのが課題であり、強みでもあります。全然知らない人が来て、「さあコーチングをしましょう」と言ってもなんのデータも信頼関係もありません。ところが我々は相手のパーソナリティを見える化してあり、信頼関係も築けている。つまり、押し付けにならないようにしながら相手と一緒にパーソナリティを見ることができるので、それが非常に大きな基礎、土台になって適切な承認、提案が与えられます。例えば、強いパーソナリティがあるのに行動には移せていない人に対しては、「思い切って行動を変えていこうか」と積極的な提案をし、弱いパーソナリティなのにちょっと無理をしている人に対しては「体調や精神衛生に気を付けよう」と消極的な提案に止めるなどです。上司は部下のパーソナリティを知った上で、ある程度の目標を定め、本人がその方向へ向かうよう適切な承認、提案をする。本人が自ら気が付き、自らの意思で「そうしたい」と口に出し合意したとき、初めて成長の方向性として確定します。なんの目標もなくコーチングや研修をしても道に迷ってしまいます。コーチングはここが最重要だと考えていて、コーチングの場面でもパーソナリティ診断は非常に重要なツールとなっています。
コーチングの成功例を2つご紹介します。40代男性、役割志向タイプCL4(役割志向タイプの説明はこちら)の社員はまさに群れずに進むタイプ、物事をやけに達観してしまうところがありました。でも、上司兼コーチに「上にいけるんじゃないの」と言われ、「もっとやれることはないか」と考え始めた。「俺なんてもうここ止まりだ」と思い込んでいた気持ちがあいまいになっていき、そのあいまいな自分も許せるようになり、なんにでも気楽に立ち向かえるようになった結果として昇進できた。もうひとつの事例は、20代の女性です。よい大学を出てある程度の社会常識は持っているものの時々びっくりするような非常識は発言も見られました。そこで、「あなたは大学を出ているけど、社会常識は小学生並みだね」という言葉でけなした。もちろん、それをいきなりやったらパワハラになりますが、先ほどお話したファミトレなどで信頼関係ができていて、言っても大丈夫だという判断のもとです。彼女はかなり悔しかったそうです。しかし、根っからの負けず嫌いでもあったこの子はその悔しさをバネに勉強をして、社内で使われる難しい専門用語をあっという間にマスターしました。調査の仕事をしていますが、提供先に喜ばれると自分が起因となっていいサイクルが回っているんだって感じられて嬉しい、今の職場にいられて幸せだと言っています。この例は突き放した結果こうだったわけですが、あくまで相手のパーソナリティを見ながら、且つ信頼関係の出来具合を見ながらコーチングすることが重要です。
最後に自戒の念を込めてお話すると、仕事量がどんどん増えてスピードを強く求められるようになったとき、マネジメント重視路線に走ってしまったことを非常に悔んでいます。マネジメントって要は効率の追求です。それはそれで必要ですが、組織力の底上げではない。人材の能力はそのままで、事業の切り盛りに力を注ぎ、上手く利益をひねり出す。でも、あのとき効率は少し悪くても、人材の能力を上げる施策も実施していれば、展開は変わったのではないかと思っています。遅まきながらあのときすべきだったことを今やっている。そして、老いた世代、若い世代ともども苦しみながらもお互いを理解し合い、一歩ずつ前に進んできている、それが我々の職場の現状です。