日中ナレッジセンター㈱ 代表取締役 |
李 年古 氏 |
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※登場する方の所属企業、役職等は当時のものとなります。
1. はじめに

今日のテーマは、極めて日常的なテーマであると共に、会社の将来に関わる重要な戦略上の課題でもあります。私が留学のために来日してから28年、また企業支援に関わるようになって17年が経ちますが、あらゆる日中ビジネスの課題は「いかに信頼関係を築くか」という根幹にたどり着くと考えています。「相手を変えるのが難しければ、自分を変えるしかない」のは、人との関わる上での基本スタンスであると共に、80后や90后との関わりにおいても、まったく同じことなのです。
2. 中国人の転職率が高い理由はどこに?
皆さんが、中国に赴任される前に感じた不安の一つに「中国人は転職率が高い」という点があったと思います。しかし私が問いたいのは、そもそも彼らが転職にいたる原因は、一体どこにあるのかということです。中国人を対象にした研修では、「中国人はよく辞めると言うけれども、日本の駐在員の方がよっぽど早く辞めているじゃないか!」という声がよく聞かれます。まるで“期間限定の夫婦”のように、初めから赴任期間が決められた上司を相手に、そもそも本気で仕えることができるのか?というわけです。部下同席の会食などでも「そろそろ日本に帰る」などと平気で口にする方を多く見受けますが、それを聞いている身になって考えたことが、果たして一度でもあるのでしょうか?
また、日本企業に勤める彼らの悩みの一つは“人情が見えてこない”ということです。ある日本人の上司が、怪我で入院していた中国人の部下が、ようやく退院できるというので病院に行ってみると、彼は早々と病院を去っており、それ以降は音信不通になってしまったというのです。実はその上司は、過日、彼を見舞った際「早く健康になって職場にもどってほしい」そして「あなたを待っている」という言葉をかけていた。しかし彼にしてみれば、それは「あなたを労働力として待っている」という意味を持つものだったのです。こうした時、中国人の上司なら「今は仕事のことを忘れて、安心して静養して」というはずです。このように一つひとつのメッセージにも大いなる解釈のギャップがあるのです。
さらに、会社の辞め方も世代ごとに異なってきています。ある人事部の責任者の話によると、70后は「理由」をきちんと話して辞めていく、80后は「気持ち」をきちんと伝えて辞めていく、しかし90后の若者は「何も言わずに」姿を消していく。夫婦でも熱い喧嘩ができたらまだ相手への未練があると言えるのでしょうが、言葉の応酬さえないとすれば、それは相手への思いが消え失せた証しというしかないでしょう。気がついている方もおられると思いますが、中国人は「会社を辞める」というより「ボスの首をとる」ために辞めるケースも少なくありません。つまり上司に対する不満が辞める理由であり、引き金は“会社”ではなく“個人”なのです。
3. 日常にあふれる各種のギャップ
こうした誰もが望まぬ結果も、実は日常の何げないやりとりの中のギャップから始まっていることに気づかねばなりません。一例として、日本人の業務では当たり前の「ホウレンソウ」が、中国人には理解できていないことが多いようです。彼らは「上司のあなたから、一度任された仕事であるにも関わらず、何で中間報告しなければならないのですか?私のことを信頼していないのですか?」と捉えるのです・・・さて、この両者の間には、一体どんなギャップがあるというのでしょう?
それは一つ目として“プロセス主義”の日本人が“結果主義”の中国人に対して、仕事の過程における連携を重視している理由が伝えられていない点が挙げられます。「連係プレーで、チームパフォーマンスを高める」ということが、まったく相手に伝わっていません。そして二つ目は、上司として「常にあなたをサポートしたい」という願いが伝わっていない。それが“相手にとってのメリット”になる点を理解させられていないのです。さらに三つ目として、「万が一失敗しても、上司である自分がカバーする」という点が伝わっていない。つまりホウレンソウがないことによる、本人にとっての“デメリット”が理解されていないのです。これはほんの一例ですが、日本人にとって当たり前のことが、相手にとって当たり前とは限らないということなのです。
こうしたギャップの背景には、中国人に比べて、日本人は“個と個の距離が遠い”ことが強く影響しているようです。日本人はできるだけ他者と距離を置いて、なるべくお互いのプライベートに立ち入らないようにする傾向があります。そうした日本の人間関係は“迷惑をかけない”という言葉に象徴されます。しかし中国ではむしろ逆で“迷惑をかけあって”人間関係を築いていこうとする。例えば、私が中国のある都市に赴く際、空港からタクシーでホテルまで移動してから友人に電話すると「なぜもっと早く連絡しないの? 空港まで迎えに行ったのに」と言われます。それに対して、仮に私が「それは迷惑になるから」などと答えると「それでは私がそうしても、君にとって迷惑なのか?」ということになります。
迷惑をかけないようにすると人間関係は薄れていくものであり、逆にある程度かけ合うことによって、長い人間関係をつくることができます。会食では決して割り勘にせず、どちらか一方が払うといった習慣に象徴されるように、アンバランスな一時的贈与関係を用いてでも、お互いのつきあいをより深めていこうとするのが、中国の価値観のベースにはあります。

日中のコミュニケーションの落とし穴として、両者が表面的に似ており、見た目の違いに気づきにくいが故に、容易にお互いを理解し合えるはずという“先入観”がある。だからいざ違いに気づいた時に、かえってショックが大きくなるようです。ですから、本日のセミナーの第一部でもあったように“自分と異なる存在”と関わることが、マネジメントの本義であるという点に立ち返り、彼らが「言わなくても分かってくれるに違いない」といった先入観をまず排して、進んでいく必要があるのではないでしょうか?
4. 今、中国の若者たちは
さて、本日の主題である中国の若者世代の特徴を考えていきましょう。まず70年代生まれ以前の人たちは、たとえ強い個性を持っていたとしても、自分を抑えて会社に合わせていました。これに対して、中国の上昇気流を目の当たりにした80后は、頑張ろうという気持ちと共に、隣人が一変にお金持ちになるといったビッグサクセスを間近に見ており“置いていかれてはまずい”という焦りの気持ちが強く働いています。
そしてこれらの世代に続く90后世代は、一人っ子ならではの自我意識と、グローバル化・インターネット化の時代を背景にして、浅く広く関わろうとする傾向が強い。つまり人との深いつきあいは苦手だけれど、限られた特定の相手に対してだけ心を開く傾向がみられます。また80后が家族から離れようとしたのに対して、90后は精神的な家族復帰の傾向が強まっています。海外に行っても毎日欠かさず親に電話をする。子どもの時の親の愛情が深いほど遠くに行きたがるのは、いつでも帰れる家があるという安心感に基づくものであり、こういう微妙な心理が90后にはあります。さらに“私が私である”という存在感をアピールしたいという意識が強く、インターネットで公表する。自分がいかに他人と違うかを“小さな反抗”としてアピールし、それを受け入れてくれる人たちだけを認めていくのです。
またこれらの世代間の差異は、結婚観や上司観の違いとしてもクッキリ現れます。「お見合い」で結婚するのが当たり前だった70后や、「自由恋愛」が主流だった80后に対して、90后は「なぜ結婚するのか? もし明日気が変わったらどうするの?」と考えるのです。また上司への態度としては、「偉い人だから従う」という70后や、「上司だから従うのではなく、納得させてくれる人」に従う80后に対して、「自分のボスは、他でもなくこの自分自身!」であると思っている90后といった具合に、意識がまったく違うのです。
そうした意味で、先のイー・ファルコンより発表された結果は、私がこれまでに研究・蓄積した結果と極めて合致するものであると共に“個のあり方”の尊重を求める中国の若者たちとの関わりにおいて、一人ひとりの個性をつかんで適切に応じる上でも、パーソナリティアセスメントの有用性は大変高いといえると思います。
5. 彼らにとっての理想の上司像とは?
関心の対象が、自分自身に向けられている90后の若者は、金銭的報酬のみでモチベーションを高めるには限界があり、それ以外の何ものかを考えなくてはなりません。そこで、これからの中国の若者のマネジメントには“いかに納得させるか”ということがポイントになってきます。全てが不確実な時代である今日、そう簡単に正解が見出せるなどとは、誰も思っていない。だからそこにあるのは“納得できる論理”だけです。したがって若者たちの心をつかむには、いかに正解を示すかではなく、いかに相手を納得させるかということなのです。
それでは、一体どうやって彼らの納得を得るのか?そのベースにあるのは他でもなく、人間としての信頼関係。信頼できる人だからこそ「あの人の言うことは正しい」と思い始める。逆にいかにも上司だといった偉そうな態度を取ることは部下から反感につながります。権力ではなく“あなたのメリットになる”また“あなたの力になる”といった点を理解させていくことが、うまくマネジメントする上でのコツになります。
したがって、80后が90后をマネジメントする時においても、偉そうな上司の振る舞いは避けた方がいい。むしろ身近な兄貴のような相談できる存在を目指すべきです。そして今日において、若者たちにとっての理想的な上司は、ズバリ“Sタイプ”です。常に部下をサポートし、支援し、サービスする・・・つまり、頭文字がすべて「S」である存在です。世界においても今日のリーダー像は、カリスマタイプから“Sタイプ”へと主流が変化しているのです。
さらに90后の若者に対しては、自分の成功体験を語るよりも失敗談を語る方が、何倍も説得力があると共に、彼ら自身に失敗を体験できる場を与えることが欠かせません。そしていうまでもなく、行動に伴う失敗を“許す”ことです。さらにティーチング的なマネジメントを避けてコーチング的なマネジメントをすること。彼らは正しければ正しいほど反発をするものであり、いかに情をもって納得を得るかということに注力すべきなのです。
6. 注目すべき企業施策の事例
私が実施した調査の結果では、外資系企業を指向する理由については、かつてのような高い給料を求めるという動機は低下し、キャリアアップや教育・研修、さらに将来への発展に期待する側面が高くなっています。そして外資系企業特有の文化への憧れも強まっています。
こうした世代特性に応じた効果的な施策をとっている企業があります。その一例として、90年代から「強い、優しい、おもしろい」という理念を掲げている日系大手メーカーがありますが、この「おもしろい」というキーワードに、中国の若者たちは強く惹かれているようです。この会社の工場では組み立てが完成すると、まるでパチンコの大当たりのような音声が流れる。ルーチンに携わる従業員にとってはゲームのような面白さを感じるわけです。また朝礼では、単に情報共有のための連絡だけではなく、社員が一人ずつスピーチする。そして語る内容は、その日までに最も刺激を受けたことや皆に知ってほしいことを、自分の裁量で決められるようになっています。
最近、ある学校教師の辞表がネットで公開された際、歴史上で“最もカッコいい辞表”と反響を呼びました。その内容は「世界はこんなに大きいのだから、私は見に行きたい」というものでした。この一言は今の若者の価値観を代弁している。面白くない仕事に時間を費やすよりも、いつでも世界に旅立てるようにしておきたいというのが、若者の率直な正直な気持ちなのです。
これに対してあるコーヒー・チェーン企業は、このニュースを肯定的にとらえ「世界の仲間と出会おう!」という教育施策を始めました。それは世界のあらゆる店舗で研修を受けることができるというものです。若き優れた人材を招きたいのであれば、こうした国内外での研修も大きなウェイトを占めることになります。
7. 最後に~皆さんへの二つの提言
中国の若者をマネジメントする上で、二つの提言をしたいと思います。
一つめは、部下をもっとほめてあげて欲しいということ。多くの中国人は、日本人の上司が一度も褒めてくれなかったといいます。「ともに2年間働いていても、無表情で私のことを見るだけで、私のことをどう思ってくれているか分からない」と。褒めるほど相手のモチベーションを高めるものはないのです。日本人に理由を聞けば「自分は親に褒められなかったから」という。しかし中国の若者は、親に褒められて育ってきたが故に、そうして初めて自分の存在と有能感を確認できるのです。
二つめは、ささやかな感動を中国人の部下に与えてほしいということです。例えばある日、社員が多くミスをしてしまった場合、日本人は“なぜ”を繰り返して「問題の真因」に迫ろうとしますが、中国人に対してはそのアプローチは効果が薄い。それはかえって「問題の解決」へたどり着かないのです。そうではなく“今日は、体調が悪かったんじゃない?”という一言で、その社員は救われ、自分を一個の人間として見てくれたという感動がわいてくるものなのです。これがマネジメントの極意といえると思います。
最後になりますが「部下が寄せてくる信頼が、自分の部下に対する信頼を超えることは決してない」ということを覚悟して受け止める必要があります。日本人の上司の皆さんが中国人から信頼されないと嘆く前に、果たして自分がどれほど中国人を信頼しているのか? この一点を見つめていただけたらと、強く願う次第であります。