株式会社UL ASG Japan マネジメントソリューション部長 |
酒徳 泰行 氏 |
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※登場する方の所属企業、役職等は当時のものとなります。
1.食品メーカーの現状と課題

──我が国における食の安全に関して、特に食品メーカーの現状と課題を教えてください。
食品メーカーの課題として、2000年以前は、O157に代表される食品の病原性微生物をいかに抑えるかが中心に考えられていました。その後、2001年の9.11の同時多発テロ以降、食品テロがクローズアップされましたが、当時日本ではフードテロは“対岸の火事”であり、あまり現実的でなかったと思います。ただ、2007年の中国冷凍ギョーザ農薬混入事件、昨年末の冷凍食品農薬混入事件をきっかけに、徐々に対象となる食品安全ハザードが病原性微生物から化学物質にシフトしてきたといえます。微生物制御とは異なる対策が必要となり、時代とともに食品安全のリスクというのが変わってきているというのが実態でしょう。一方、先日の中国の件もありましたが、偽装という別の側面の課題があります。食品偽装は利益追求のため会社ぐるみで行うケースがほとんどであり、食品防御とは異なりますが、これからの時代はこの種の問題は多くなると思われます。このように、ここ20年あまりの間に、これまでの微生物制御中心の食品安全・衛生管理という時代から、まったく異なるリスクヘッジの対策が必要になってきたというのが食品企業の現状と課題といえます。また、食のグローバル化が進み、ご承知のとおり、日本は大量の食品を海外から輸入している現状がありますが、現政権の下、国内食品を輸出しようという動きが加速していることもあり、食品の安全をどう確保するかが大きな課題になりつつあるといえます。
2.食品安全と食品防御
これらの課題に関して、対策を講じなければならないのは、食品安全と食品防御です。他には先ほどの食品偽装対策というものもありますが、弊社では特にこの2つの支援を積極的に行っています。
まず、食品安全にはHACCP(ハサップ)という考え方があります。HACCPは食品安全を確保するための予防的管理手法で、日本に普及し始めたのが1990年代からです。HACCPは国際基準であるCodexガイドラインに沿って各国が独自の仕組みを作っているのが実態で、グローバルで統一した承認制度ではありませんでしたが、2005年にはHACCPをISO化したISO22000という規格が登場します。ISO22000は国際規格であり、各国同じ基準で認証審査が行われています。ISO22000を持っていると、国際的に通用するシステムを確立している企業だということが客観的にわかるのがメリットです。ただ、ISO22000は前提条件プログラム(一般的衛生管理プログラム)が曖昧な点があり、その部分を補ったのがFSSC22000です。FSSC22000はGFSIの承認スキームにもなっており、現在はこのスキームが食品安全対策の国際的な主流となっています。
一方、食品防御はここ10年くらいの間に注目されてきました。アメリカなどのテロ対策先進国的は比較的早く取り組みを始めていますが、日本は最近になって様々な指針やガイドラインがでてきたところです。4月に発表された『食品防御対策ガイドライン 平成25年度版』が先般の冷凍食品企業の内容も受けて作られた最新の指針で、国内では今後はこれを参考にフードディフェンス対策を取り組むことになると思います。
弊社で提供しているサービスとしては、食品安全に関しては、FSSC22000、ISO22000の構築支援や維持管理のお手伝いするニーズが圧倒的に多いです。また、フードディフェンス対策の支援では、仕組みを一緒に作って欲しい、アドバイスが欲しい、監査・評価をして欲しいというニーズがここ1年で急速に増えている状況です。

以前のフードディフェンス対策は、社内の従業員は悪いことをしないという性善説の考え方で進めてきた組織が大多数でした。しかし、冷凍食品への農薬混入事件以降は、性悪説の視点に立って、人は悪いことをするかも知れない、だから内部にも目を向けて管理しなければいけないという考え方に変わってきています。そのため、組織的な取り組み、コミュニケーションの充実、あるいは作業員の教育など人的な対策が注目されています。内部犯行の場合が特に顕著ですが、人が悪意を働くということを考えると、人の意識や考え方が悪意を働く方向に向かわせない、起こさせない環境づくりが、極めて重要になってきます。私たちの仕事としてはそういった良い環境を作るためのマネジメントシステムの仕組みの構築をお手伝いすることですが、イー・ファルコン社の得意な部分として、新しく入社する方の適性の見極めや、入社後の心の変化をモニターするという考え方があります。機械は導入すれば大抵一定の動きをしますが、人の心はいろいろな環境下によって変化します。変化を見逃さないようモニターすることが出来るツールは、フードディフェンス対策として極めて有効ではないかと思います。
──食品工場では、スーパーマーケットのようなオープンな場所ではなく、内部の人だけで構成されていますので、不要な物の持ち込み制限さえすればフードテロの可能性は防げるのではないのでしょうか。
不要な物の持ち込みは当然制限しますが、食品工場内にも洗浄用薬剤や工具類、掃除用具など食品以外のものがあります。それらを適切に管理していないと、ボルトや薬剤が無くなっていてもわからず、場合によっては、食品に入れられている可能性があるということにもなりかねません。そのため、企業は識別や定置管理などにより、無くなったらすぐ分かる状況を作りだすことが重要です。不要な物を持ち込ませないことと、製造現場でも管理されていると、心理的に容易には行為に及ぶことは無いといえます。食品企業以外でも、例えば工程内トラブルやクレームを減らすという意味においては、よく似ていると思います。やはり整理整頓が出来ていない職場だと、ミスも多くなる、あるいは異物混入も発生するかもしれません。こういったことはどのような組織でも同じで、トラブルを減らす、あるいは品質を高めるという意味においては共通の考え方といえます。
3.コミュニケーションがもたらす効果

──組織マネジメント上、例えば上司と部下など社員の関わり方で、望ましくない現象を起こさせないコツとかご指導はなさるのでしょうか。
実際に様々な企業に伺って感じるのは、やはり管理する上司が、一人ひとりの部下の方をしっかりとよく見ている、コミュニケーションを積極的にとっているところは職場環境が客観的に見ても良いということです。
現代はある意味コミュニケーションがとりにくい世の中になりつつありますが、管理者は意識的にコミュニケーションをして、部下の思いや考え方を理解するよう努力することが必要と考えます。組織の品質のいい会社で共通に感じることの1つに「挨拶がしっかりできる」というのがあります。たかが挨拶ですが、トレーニングされ、コミュニケーションができていることがよくわかります。これは別に食品会社に限ったことではなく、組織における上司の役割であり、意識しないとできないことだと思います。
──では、マネジメントの対象として個性を把握や、意識の変化を定量的に掌握していくシステム、例えば意識調査などは有効に働くとお感じになりますか。
それが全てとは思いませんが、ひとつの判断の材料としては有効に働くと思います。ある企業ではアンケートを年に1、2回実施し、それを現場にフィードバックすることにより、コミュニケーションのツールとして活用しています。その組織では非常に有効に働いていましたので、上手く活用すれば効果は得られると考えます。
4.日本企業のこれから
──最後に、日本企業は食の安全に関して、いかなる方向に歩み始めているのかとお感じになっているか、教えてください。
もともと日本の食品ビジネスでは国内間の取引が多く、どちらかというと信頼関係や、性善説的な文化の中で育ってきた産業です。そのため、グローバル化の波にあまりさらされたことのない企業が多いわけですが、昨今の市場環境の変化に伴い、海外を意識せざるを得なくなり、こういった時代を生き残るには変わらなければならないと考えていると思います。少なくとも5~10年前よりはずいぶんと意識が高まり、変化を受け入れるようになってきたのではないかと思います。食品安全に関して言えば、今より規制が緩くなることはありえないですし、むしろ厳しくなる一方です。食のグローバル化の道を進む限りは、より食品安全リスクを厳しく考えていかなければいけない時代になってくるのだろうと感じます。私どもとしても、日本のいいところを残しながらも、新しい考え方を効果的に取り入れることができるよう、食品企業に対してサービスを提供していきたいと考えています。