
話し手
ダイドードリンコ株式会社 人事総務部 人事グループ アシスタントマネージャー |
石原 健一朗氏 |
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聞き手
株式会社イー・ファルコン 取締役 |
菅原 勝寿 |
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※登場する方の所属企業、役職等は当時のものとなります。
はじめに
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─前回は、変革できる人材の採用についてお伺いいたしました。
(前回の内容および石原氏の経歴はこちらを参照ください)
『売り手市場で勝つ採用とは』ダイドードリンコの実践に学ぶ「採用はマッチングの場だ!」
→http://www.e-falcon.co.jp/voices/voiceArticle39.html
─今回は、貴社で取り組まれている次世代リーダーの育成についてお話を聞かせてください─
ダイドードリンコでは2010年に、機能別に分社化して構造改革を実施しました。それに伴い、経営理念を現在の「人と、社会と、共に喜び、共に栄える。その実現のためにDyDoグループは、ダイナミックにチャレンジを続ける。」と掲げ、次の成長発展に向けた組織風土の醸成、社員の意識変革を最重要課題として取り組んできました。そういった流れの中で、2015年には、今後の成長発展を支える次世代リーダーを育成・選抜するプログラム「ダイドー・イノベーション・アカデミー(DIA)」を立ち上げました。リーダーとはリーダーシップを発揮できる人であり、リーダーの育成には時間がかかります。リーダーシップの定義は人によって異なりますが、私は「他人に影響を及ぼして、望ましい行動を起こさせることである」と考えています。そのため、誰しもが日常的にリーダーシップを発揮していますが、多くのビジネスパーソンはその職務の範疇において、会社や上司が敷いたレールの上でリーダーシップを発揮しているにすぎません。しかし、経営幹部ともなれば、敷かれたレールの上でリーダーシップを発揮するだけではなく、自らで新たなレールを敷く、そのためにリーダーシップを発揮しなければなりません。新たなレールを敷くためには、レールのない方向に新たなビジョンを描くことが必要ですし、そのビジョンに向かってレールを敷きながら進み続けなければなりません。また、覚悟を決めてリスクをテイクする勇気や意志が必要です。また、一旦レールを敷いてみようと試みたが上手くいかなかった、敷いたレールは間違っていたという失敗経験や、その経験を内省しながら再び新しいレールを敷くことにチャレンジする、そして内省するということを何度も繰り返すことが必要です。そういったリスクテイクする勇気や意志を持って行動し失敗した経験は、なるべく若い内に、ある程度の役職に就く前に積んでおくことが理想的です。役職者になったからといって敷けないことはありませんが、やはり立場が上になるほど失敗に対するインパクトが大きいため、それ故にチャレンジすることに尻込みをしてしまう。これについては経験に基づいた確信がありました。また、当社には、私の前職の感覚では管理職が担っているような仕事を入社数年目の社員にどんどん任せてチャレンジさせるといった風土でもあったため、今回のプログラムの対象者は、管理職一歩手前の階層社員を中心としました。
次に、やはり最も考慮したのは“選抜”という文化のない当社において、どのように選抜を行うかということです。選抜教育を長年実施している企業であれば、選抜されることに対して、あるいは選抜されないことに対して、ある程度自然と受け入れる風土があると思います。当社においては、どのように、どのくらいの期間をかければ “選抜”を許容できる文化や風土を醸成できるだろうか。それを念頭に置きながら企画した結果、育成を図りながら段階的に選抜する形式の5年間(2020年がゴール)のプログラムにしました。なお、当社にはキャリア採用の入社者も多くいます。前職で“選抜”が根付いている会社から転職してきた社員からは、“選抜を真っ先に進めるべき”といった意見や、“1、2年で早急に進めるべき”といった声もありました。しかし私は、選抜は段階的に、そして育成には最短でも5年間は必要と考えました。まず、選抜が行われるプログラムであることをアナウンスした上で、最初の1、2年はリーダーシップを発揮する“経験”を積むことを目的として敢えて選抜はせず、一人でも多くの社員に、新たなレールを敷く経験とその経験を内省する機会を与えることにしました。そして、この期間中に、対象者同士が互いにリーダーシップを発揮した経験を共有、確認し合える仕組みを作りました。他者から刺激を受けながら気付きを深めた対象者には、行動に変容が認められるため、そういった部分も選抜の際に考慮します。このように時間をかけて、段階的に選抜していく、そうすれば“選抜”という文化のない当社においても、受け入れられるはずだと考えました。バックグラウンドの違う他社のやり方を真似ても意味がないどころか、むしろ悪影響の方が大きいと考えます。目指したのは当社にしっかりとマッチする独自のリーダー育成プログラムです。
1.失敗を恐れず常にチャレンジし続けるダイドードリンコ
- -プログラムの概要と2年目となる現在の状況は?ー
このプログラムでは、毎年の取り組みテーマ、育成ゴール、目指す姿をそれぞれ決めています。たとえば、2016年の取り組みテーマは問題解決の知識習得と実践、2017年は課題解決の知識習得と実践。といったように、まずは5年間の大枠を作りました。その上で、各年の研修内容については、一般的な知識や理論に加え、私自身の知見を通じてまとめ上げた概念に基づき、当社の状況も把握しながらゼロベースで作り上げました。研修を実施するまでには、かなり綿密に内容を詰めて準備を行いますが、知識付与型の研修ではなくケースメソッド方式で進めるため、企画時にイメージしていたとおりに研修が進行できるとは限りません。初年度は5回研修を実施しましたが、研修終了後に毎回数時間に亘る打合せを行い、内容や進め方を都度改善しました。そのため、ベースの内容は同じでも、回を重ねるごとに完成度を高めて実施することができました。企業によっては受講者の公平性を重要視し、年度内での修正は敢えて行わない場合もあると思いますが、そういったやり方と比較すると、当社では高速にPDCAを回して改善を図ることができます。とはいえ、その都度改善することは、人事担当者と講師共に負荷が大きいため、人事担当者に確固たる信念と覚悟がないとできないと思いますし、研修を外部に丸投げしている場合にはこういったやり方は実現できないと考えます。ダイドードリンコは他社にはできないことにチャレンジする会社だ、やりきる会社だということを、“この取り組み”を通して自ら実践していきたいと考えています。
1年目のテーマである問題解決とは、望ましくない状態・状況にある“現状”を、望ましい当たり前の状態・状況 である“あるべき姿”に変えることです。つまり、マイナスの状態をプラスマイナスゼロまで回復させることです。そして、2年目のテーマである課題解決とは、あるべき姿である“現状”から、さらに高い領域にある“ありたい姿”というビジョンを描き、そのビジョンを実現することです。これは、プラスマイナスゼロの状態からプラスの世界を創造することです(図参照)。
ここでの一番重要なポイントは、問題と課題の違い、並びに問題解決と課題解決の違いをきちんと理解することです。当社では、ダイナミックにチャレンジし続けることを経営理念にも掲げ、社員がそれぞれチャレンジをしていますが、チャレンジとは課題解決のことです。しかし、この問題と課題の概念が整理できていなければ、問題と課題を混同してしまい、いつの間にか問題解決をチャレンジしていると捉えてしまいます。確かに、問題のレベルが大きくなれば、そこにチャレンジは必要という考え方もあります。しかし、問題解決はチャレンジではなく解決して当たり前のことであると、チャレンジに対する認識レベルを高く持つことにより、大変厳しいグローバル市場の中で競合他社に伍して成長発展を続ける企業になれると考えています。ダイナミックな夢やビジョンを描けば、その実現のために課題が形成され、その課題解決のためにチャレンジをする。そのことを経営理念で掲げているのだとマインドセットを行い、ベクトルを合わせてもらっています。その上で、“望ましくない状態・状況”や“あるべき姿”について合意形成を図ることの重要性や、“ありたい姿”というビジョンを共有するために自分はどのようなリーダーシップを発揮できているのか等、実際に自部署の問題解決や課題解決に取り組んでもらうことで、研修内容を頭で理解するのではなく、実際の経験から内省を通じて語ってもらえることを目指しています。
2.参加者(次世代リーダー候補者)が感じる手ごたえと内的変化
- -参加者はどのような手ごたえや変化を感じていらっしゃいますかー
行動を起こし、その結果を内省すると自分の強み、弱みが見えてきます。次は強みを意識しながらこんな風にやってみたらどうだろうと考え、行動に移し、結果が出たらまた内省する、そういった行動と内省を繰り返すことが重要です。この研修プログラムは、研修を受講することよりも、事後課題に取り組むことに価値があります。本気で取り組めば取り組むほど、リーダーシップを発揮するためには欠かせないもの、自分の軸や信念がはっきりと見えてくる構造になっています。しっかりと取り組んだ人は手ごたえを感じられていると思います。
人が内的に変化すると、御社のパーソナリティ診断のアウトプットにもそれが表れます。私自身、昨年、今年と適性診断を受けていますが、いろいろな変化が表れています。たとえば、役割志向から導き出される8タイプの中で、昨年はサポートタイプ(CL8)でしたが、今年はリーダータイプ(CL6)に変化しました。診断時には、直近の自分の考えや行動を振り返りながら質問に回答します。大きな変革を求められた人事部門に身を置き、実際に行動できていますので、この変化は理解できますし、腑に落ちました。DIA参加者においても本気で事後課題に取り組んだ人は、自分自身で腑に落ちる変化があったはずです。なお、本気で取り組めていない人でも、診断時の質問に対する回答によってアウトプットは当然変化します。しかし、行動を伴っていない人の場合は、なぜ変化が生じたのか、自分自身でもよくわからないので腑には落ちない。そういう人は一人ひとりと面談をすればすぐに分かります。次世代リーダーとして有望な人をしっかりと選抜するために、これは非常に有用な視点です。
3.共存共栄を図るパートナーとして
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-イー・ファルコンはどのような存在でしょうかー
構造改革後に組織風土を改革するにあたり、“自社の想いを形にしてくれるパートナー”として機動力や柔軟性に富み、共存共栄を図ることができるベンダーを探す中で御社との出会いがありました。2013年からのお付き合いですので、期間はそれほど長くはありませんが、導入時には社長も含め全社員にパーソナリティ診断を受検してもらっており、当社のことを深く把握してもらっています。今では採用・育成・定着という人事戦略を立てる上で、欠かすことができないパートナーとして全幅の信頼を寄せています。
特に、DIAを企画する際には、専門的な理論や知見に関して他者との深い対話や議論が必要となります。私がチャレンジングに実現したい育成内容について、社長や上司から全面的にサポートいただける有難い環境はありますが、当社にない新しいものをゼロから作ろうとするときには、外の客観的な知見があると助かります。そのため、菅原さんをはじめとした御社の存在は本当に有り難いと思っています。専門性の高い、役立つ知見を提供してくれるだけではなく、深いところで対話や議論ができる。また、その年の研修テーマに応じ、診断項目を当社の考え方に沿ってカスタマイズしてもらえるため、参加者たちの内省に大いに役立っていると考えます。ここまでスピーディかつ柔軟な対応はなかなか出来るものではないと思います。先ほど人事担当者の覚悟についてお話しましたが、御社も当社のために覚悟を決めてくれている、そう感じています。
今だからお話しできますが、実は正直なところ、私が入社した当日、「うちの会社のことを聞くように」と、上司から他社の人間である菅原さんを紹介されたときは、とても違和感がありました。前職京セラでは、徹底的に“自分達で考える”という文化だったため、余計にそう思うのかもしれません。しかし、お付き合いが始まってみると、御社は私と同じ目線で、一緒になって当社のことを真剣に考えてくれている、まさに本来あるべき共存共栄のパートナーでした。だから上手くいっていると思います(笑)
人材育成のやり方に正解はありません。人事部門のミッションは、研修内容をしっかりと理解してもらうところまでと割り切り、実践は事業部門の役割だと線引きするのもひとつの考え方です。たとえば、技術研修であるなら、むしろそれが正解に近いかもしれません。ただし、リーダー育成教育においては “知行合一”であるべき、そんな強い信念があります。“知行合一”とは、中国の哲学者、王陽明が説いた考え方で、“知”は実際の体験“行”を通してでしか成立しえないというものです。研修は単にプログラムの大枠を知ってもらう場であり、行動してもらうためのきっかけ作りの場です。リーダーシップという内容について、研修で得られるのは“気付き”であり、“学び”は得られません。事後課題への取り組みを通じて、いくつもの“気付きという点”をつなぐことができるようになり“学びという線”に変わります。そして、線という学びを語れる社員が互いに対話し、交流を図り、共に新しいレールを敷くことで、“線である学びが面”となります。その面を語れる次世代のリーダーが多く輩出され続ける仕組みを作れば、持続的に成長発展できると信じて前へ前へと進んでいるところです。
─貴重なお話しをいただき、ありがとうございました。
本取り組みのゴールとなる2020年まで、わたくしどもも自身を磨きご期待に沿えるように致します─