人事部の資料室

大学教育の質的転換のための「3つのポリシー」とは

作成者: e-falcon|2022/08/21

先行きの予測が困難な複雑で変化の激しい「VUCAの時代」を私たちは生きています。
こうした時代にあって、個々人が自己実現を図りつつ社会貢献するためには、「生涯学び続け、主体的に考える力」を育む必要があるというのが文部科学省の考えです。

そこで現在注目されているのが、大学教育の「質的転換」。
なぜ今、そのような変革が求められているのでしょうか。また、その変革のための「3つのポリシー」とはどのようなものなのでしょうか。

大学教員の筆者にとってはなじみ深い「3つのポリシー」について、その背景と大学の運用状況をわかりやすく解説します。

大学教育に求められる「質的転換」

まず、「3つのポリシー」の背景をみていきましょう。

VUCAの時代を生き抜くために

2012年8月、文部科学省中央教育審議会は、「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて(答申)」を発表しました。*1

この答申は副題が「生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」となっているように、不確実なVUCAの時代を生き抜くためには、生涯学び続け、主体的に考える力を育成することが重要であると述べられています。
それはなぜでしょうか。

現在は以前とは社会の仕組みが大きく変容しています。
グローバル化や少子高齢化、エネルギーや資源、食料などの供給問題、地域間格差の広がりなど、さまざまな問題が急浮上している中で、これまでの価値観が根本的に見直されつつあります。

また、例えばグローバル化1つとってみても、一方向に進むだけでなく、それに対する批判や逆行する流れが生じ、それに対してまた新たな動きが見られるなど、状況は非常に流動的で刻々と変化し、先行きを見通すことが難しい時代です。

さらに、グローバル化によって国や地域が互いに影響を及ぼし合う度合いが以前とは比べ物にならないほど強くなっていますが、その影響がどのようなものでいつどのような形でもたらされるかは予測困難です。

新型コロナウイルス感染拡大やアメリカの大統領選挙、ロシアのウクライナ侵攻などは今の時代を象徴する出来事といえるのではないでしょうか。

このようなVUCAの時代を生き抜いていくためには、想定外の事態に思いがけず遭遇したとき、そこに存在する問題を見据え、それを解決するための能力が欠かせません。

しかし、そうした能力は、従来のような知識偏重の受動的な教育の場では育成することができません。
教員と学生がともに切磋琢磨し、刺激を与え合いながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に学ぶ能動的な「アクティブ・ラーニング」へと転換していくことが必要なのです。

そのためには、ディスカッションやディベートなど双方向の意見交換や、演習や実験、実習、実技などを中心とした授業への転換によって、学生が教育の場で主体的に体験を重ねることが有益だと、同答申では述べられています。

これからの大学教育はどうあるべきか

上述の答申書が発表された翌年の2013年、文部科学省中央教育審議会から、「これからの大学教育等の在り方について(第三次提言)」が発表されました。*2

そこでは、まず「教育再生」の必要性と大学の役割の重要性が以下のように述べられています。

教育再生は、個人の能力を最大限引き出し、一人一人が国家社会の形成者として社会に貢献し責任を果たしながら自己実現を図り、より良い人生を生きられる手立てを提供するという教育の機能が十分果たせるようにする改革です。その実現には、教育を集大成し社会につなぐ大学の役割は決定的に重要です。知識・情報・技術が社会のあらゆる領域での活動の基盤となる知識基盤社会にあっては、大学が担うべき役割が一層大きくなっており、その教育・研究機能を質・量ともに充実していく必要があります。

教育再生が必要だということは、裏返せば、これまでの教育には問題があったということです。同提言では、その問題を以下のように指摘しています。

・ 日本は国際的にみて社会人入学や外国人留学生が少ないなどの影響もあり、大学進学率は低く、社会人のリカレント教育の機会も限られている。
・高等教育に対する公財政支出は、国際水準に比べて低く、国/私立間格差も大きい。
・ 大学のグローバル化の遅れは危機的状況にある。

なお、この資料が発表された頃に開催された「産業競争力会議」の参考資料によると、2012年の大学(四年制)進学率は、OECD(経済協力開発機構)平均が62%なのに対して日本は51%でした。*3

また、日本は、OECD加盟国の中でGDPに占める教育支出の割合が最も低い下位25%の国に入っています。2018年時点で、OECD加盟国では平均してGDPの4.9%が初等から高等教育の教育機関に充てられたのに対し、日本の割合は4%でした。*4

そうした現状をふまえ、この提言では、大学教育の再生は日本が再び世界の中で競争力を高め、輝きを取り戻す「日本再生」のための大きな柱の1つだとしています。

このような考えから、国家戦略として、政府は2017年までを「大学改革実行集中期間」と位置づけ、具体的な政策立案に向けた検討を速やかに行いました。*2

こうした背景から策定されたのが、「3つのポリシー」です。

「3つのポリシー」の概要

では、「3つのポリシー」にはどのようなことが盛り込まれているのでしょうか。

「3つのポリシー」の内容

文部科学省中央教育審議会が「3つのポリシー」のガイドラインを発表したのは2016年3月です。*5
「学校教育法施行規則(昭和22年文部省令第11号)」を改正し(施行は2017年4月1日)、全ての大学は、以下の3つのポリシー(方針)を一貫性あるものとして策定し、公表するよう定めました。

1) ディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針)
2) カリキュラム・ポリシー(教育課程編成・実施の方針)
3) アドミッション・ポリシー(入学者受入れの方針)

それぞれの内容をみていきましょう(表1)。

出典:文部科学省 中央教育審議会大学分科会大学教育部会(2016)「『卒業認定・学位授与の方針』(ディプロマ・ポリシー)、『教育課程編成・ 実施の方針』(カリキュラム・ポリシー)及び『入学者受入れの方針』(アドミッション・ポリシー)の策定及び運用に関するガイドライン 」 p.3
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/038/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/04/25/1369683_04.pdf


「3つのポリシー」のガイドライン(以下、「ガイドライン」)では、大学教育の質的転換のために、各大学がそれぞれの教育理念に基づいてこれらのポリシーを定め、大学教育の「入口」(入学者選抜)から「出口」(卒業認定・学位授与)までの活動を一 貫したものとして再構築し、効果的に実施することを重要視しています。

PDCAサイクルによる質の保証

大学教育を充実させるために、同ガイドラインでは、「3つのポリシー」を起点とするPDCAサイクルによって、「内部質保証」を確立することが推奨されています(図1)。*5

出典:文部科学省 中央教育審議会大学分科会大学教育部会(2016)「『卒業認定・学位授与の方針』(ディプロマ・ポリシー),『教育課程編成・ 実施の方針』(カリキュラム・ポリシー)及び『入学者受入れの方針』(アドミッション・ポリシー)の策定及び運用に関するガイドライン 」 p.11
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/038/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/04/25/1369683_04.pdf


PDCAサイクルとは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(測定・評価)、Action(対策・改善)の頭文字をとったもので、PDCAサイクルを継続的に回すことで、連続的なフィードバックが行えるよう、ループ型のモデルが用いられています。*6

図1では、次のようなサイクルが示されています。

P:まず、ディプロマ・ポリシーを定め、それに基づいてカリキュラム・ポリシーとアドミッション・ポリシーを一体的に策定する
D:「3つのポリシー」に基づく入学者選抜を行う
C:「3つのポリシー」に照らした大学の取組みを評価する
A:自己点検・評価に基づく大学教育の改善・改革を行う

そして、また、Pに戻る、ということを繰り返すことによってサイクルを回し続け、連続的な改善を図っていくという方向性です。

なお、図1の真ん中にも小さなサイクルがありますが、それは個々の授業科目においても、教員がPDCAサイクルを機能させ、改善を図る必要性があることを示すものです。

大学の運営状況

では、大学の運営状況はどうでしょうか。

文部科学省は2020年12月から2021年2月にかけて全国の大学を対象に教育改革の状況に関する調査を行い、97%の763大学から回答を得て、その結果を公表しています。*7
その結果のうち、特に重要と思われる2つの項目についてみていきましょう。

教育効果の評価・点検とそのための尺度の策定

まず、「3つのポリシー」の達成状況は、どの程度点検・評価されているでしょうか(図2)。
点検・評価している大学は、年々増加しているものの、82.0%に留まっています。

また、その成果を適切に測り、改善につなげていくために必要な、課程共通の考え方や尺度を策定している大学は 56.7%でした(図3)。


出典(図2・図3とも):文部科学省(2021)「令和元年度の大学における教育内容等の改革状況調査結果のまとめ」p.1
https://www.mext.go.jp/content/20211104-mxt_daigakuc03-000018152_1.pdf 


課程共通の考え方や尺度を策定するためには全学的な議論や調整が必要ですが、学問領域を横断する学部間の調整はなかなか難しいものです。時間をかけてじっくり議論を重ね、全学的な合意を探る必要があるかもしれません。

シラバスの策定状況

次はシラバスについての運用状況です(図4)。
シラバスとは、授業科目名、担当教員名、講義目的、講義概要、毎回の授業内容、成績評価方法、教科書や参考文献など、履修上必要な要件を詳細に示した授業計画のことです。

出典:文部科学省(2021)「令和元年度の大学における教育内容等の改革状況調査結果のまとめ」p.17
https://www.mext.go.jp/content/20211104-mxt_daigakuc03-000018152_1.pdf 


図4をみると、記載項目によって掲載されている割合にはばらつきがありますが、全ての授業科目でシラバスを作成し、記載事項を統一している学部をもつ大学が99.1%に上ることから、そうしたばらつきは、全学的な大学の取組み状況を反映しているとみていいでしょう。

ちなみに、筆者が所属する大学では、大学のポータルサイト上でシラバス入力を行います
が、図4にある記載事項はテンプレートに盛り込まれているので、教員はそれに沿って入力します。その後、関連する委員会の委員(教員)が入力ずみのシラバスをすべてチェックし、問題があれば当該教員にフィードバックします。

おわりに

「学校教育法施行規則(昭和22年文部省令第11号)」が改正され、「3つのポリシー」を一貫性あるものとして策定し、公表することが義務付けられたことで、大学教育改革は新たなフェーズに入りました。

大学は教育、研究の場であり、学生の1人ひとりが豊かな教養を身につけ人格形成を目指す場でもあります。
また、国や産業界からは、イノベーションを産み出し、社会や経済活動、国の発展に貢献する「高度人材」の養成機関として期待を寄せられてもいます。

3つのポリシーを軸に新たな大学像が模索される現在、各大学はどのような取組みをしていくのでしょうか。それは私たちの社会にとって大きな意味をもつものといえるでしょう。