人事部の資料室

賃金のデジタル払いが解禁|メリット・注意点・手続きなどを弁護士が事例解説

作成者: e-falcon|2023/05/23

2023年4月1日に改正労働基準法施行規則が施行され、賃金のデジタル払いが法令上解禁されました *1。従来型の支払方法である現金または銀行振り込みに、新たな選択肢が加わったことになります。

今回は賃金のデジタル払いにつき、活用事例に沿ってメリット・注意点・手続きなどを解説します。

賃金のデジタル払いを導入すべき企業の特徴は? 主なメリット

企業が賃金のデジタル払いを導入することには、主に以下の2点のメリットがあります。

  • 銀行振込よりも手数料が安い
  • 銀行口座がなくても大丈夫

これらの2点にメリットを感じる企業は、賃金のデジタル払いの導入を検討するとよいでしょう。

銀行振込よりも手数料が安い|一定のコスト削減効果あり

<事例1>
A社はアルバイトを含めて1000人程度の従業員を雇用しており、賃金を銀行振込で支払っている。毎月振込手数料が30万円ほどかかっているが、無駄な経費は徹底的に削減したい。

デジタルマネーを採用する決済サービスは、銀行振込よりも送金手数料を安く設定している傾向にあります。そのため、賃金のデジタル払いを導入すれば、支払いにかかる手数料のコスト負担を減らせる可能性が高いでしょう。

特にアルバイトなど、毎月支払う賃金の額が少ない従業員を多数雇用している企業は、賃金額に対する振込手数料の割合が高くなる傾向にあります。このような企業は、賃金のデジタル払いを導入することで、一定のコスト削減効果を期待できるでしょう。

銀行口座がなくても大丈夫|外国人労働者の雇用に好影響

<事例2>
建設業を営むB社は、工事現場で働いてもらうため、多数の外国人労働者を雇用している。
外国人労働者の多くは銀行口座を持っておらず、賃金は現金で支払わざるを得ない状況だが、紛失や盗難などの懸念がある。また、端数の小銭を準備するのも大変だ。

デジタルマネーを採用する決済サービスの口座は、銀行口座よりも開設しやすい傾向にあります。

外国人労働者は、口座作成の申込み方法がわからない・銀行の審査に通らないなどの理由で、銀行口座を持っていないケースが多いようです。
このような外国人労働者には、デジタルマネーによる賃金の支払いに同意してもらうことで、セキュリティや手間などの面でデメリットが多い現金支払いを避けられます。

賃金のデジタル払いにはデメリットも|企業・労働者の注意点

賃金のデジタル払い(受け取り)に用いる決済サービスの口座は、残高の上限が100万円とされています。そのため、以下のデメリットがあることに注意が必要です。

  • 高額所得者には不向き
  • 口座残高を空けないと、デジタル払いで受け取れなくなる

高額所得者には不向き|企業は手間が増える可能性大

<事例3>
コンサルティング事業を営むC社は、従業員であるコンサルタントXから、賃金のデジタル払いの申込みを受けた。C社はこれに応じたが、Xの月額賃金は100万円を超えていたため、デジタル払いと銀行振込による支払いの二度手間を強いられた。

デジタル払い(受け取り)用口座の残高上限は100万円であるため、1回当たりの賃金が100万円を超える労働者に対しては、デジタル払いだけで賃金を支払うことができません。

この場合、銀行振込などと併用する必要があり、企業にとっては支払事務の手間が増える可能性があります。

口座残高を空けないと、デジタル払いで受け取れなくなる

<事例4>
D社は、従業員Yとの間で賃金のデジタル払いを合意した。Yの月額賃金は約30万円で、数か月間は問題なく、賃金をデジタルマネーで支払うことができた。
しかしYは、デジタル払い(受け取り)用口座に送金された賃金のうち、一部を毎月支出・出金せずに貯めていたため、数か月後には口座残高が100万円に達した。
D社がYの賃金をデジタル払いしようとすると、口座残高が上限に達しているため、送金できない旨のメッセージが表示された。D社はYとの事前の取り決めに従い、Yの銀行口座宛に賃金を支払った。

月額賃金が100万円を超えていなくても、デジタル払い(受け取り)用口座の残高が100万円に到達すると、その口座では賃金を受け取ることができなくなります。
この場合、別の決済サービスの口座を指定するか、そうでなければ現金・銀行振込等に切り替えざるを得ません。会社としては、支払事務の負担が増える可能性があります。

労働者としても、口座からの支出・出金を通じて100万円の残高上限に余裕を持たせなければ、賃金をデジタル払いで受け取れなくなる点にご留意ください。

賃金のデジタル払いを導入したい! 必要な手続きは?

企業が賃金のデジタル払いを導入する際には、以下の手続きが必要になります。

(1)決済サービスの種類を選択する
厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(=指定資金移動業者)が提供する決済サービスの中から、デジタル払いに用いる決済サービスを選択します。

(2)労使協定を締結する
労働組合または労働者の過半数代表者との間で、以下の事項を定めた労使協定を締結します*2。
・対象となる労働者の範囲
・対象となる給与の範囲、金額
・対象となる決済サービス(指定資金移動業者)の範囲
・デジタル払いの実施開始時期

(3)労働者に対する説明を行い、同意を得る
労働者に対して、指定資金移動業者が講じている措置の内容(100万円上限、残高保証など)を説明した上で、賃金をデジタル払いすることにつき、労働者の個別同意を取得します。

(4)実際に賃金のデジタル払いを行う
労使協定および労働者の同意に基づき、実際に賃金のデジタル払いを行います。

賃金のデジタル払いに関するQ&A

最後に、賃金のデジタル払いに関して、以下の疑問点への回答をまとめました。

  • どの決済サービスがデジタル払いに利用できるのか?
  • デジタル払いされた賃金に、出金期限はあるのか?
  • 決済サービスの業者が倒産したら、デジタル払いされた賃金はどうなる?

どの決済サービスがデジタル払いに利用できるのか?

賃金のデジタル払いに利用できる決済サービスは、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(=指定資金移動業者)が提供するものに限られます。

指定資金移動業者の申請は、2023年4月1日以降に受付が開始され、審査には数か月程度を要します。
そのため現時点では、デジタル払いに利用できる決済サービスは明らかでなく、実際にデジタル払いを開始できるのは2023年後半以降になる見込みです。

デジタル払いされた賃金に、出金期限はあるのか?

デジタル払いされた賃金について、指定資金移動業者は、現金による払い戻しを10年以上保証することが義務付けられます。

したがって、少なくとも入金されてから10年間は出金可能ですが、それ以降は残高が失効する可能性があるので注意が必要です。
実際の出金期限は、指定資金移動業者の利用規約等によって定められることが想定されます。

決済サービスの業者が倒産したら、デジタル払いされた賃金はどうなる?

デジタル払いされた賃金については、指定資金移動業者が倒産しても、残高全額が保証されることになっています。

ただし、実際にどのような保証の仕組みが設けられるかは現時点で不明であり、保証会社等が倒産するリスクも完全には否定できないため、今後の実務動向を注視すべきでしょう。