人事部の資料室

「働きがい」とよく言うけれど、それって具体的には何なのか?

作成者: e-falcon|2024/03/17

「やりがいのある仕事です」「働きがいのある職場です」。

採用にあたって企業からよく発せられる言葉です。

実際、就活生にとって「やりがい」「働きがい」というのは耳あたりの良いワードでしょう。

しかし、これらの言葉を漠然と使っていたのでは、若者の希望を満たすことはできないようです。

1ヶ月で新入社員が半分退職

先日、このようなコラムを目にしました*1。

ある企業で、例年の5倍のコストをかけて新卒採用を強化したものの、8人中の4人が1か月もたたずに退職してしまったというのです。

事あるごとに「働きがいのある会社」だとアピールし続けてきたにもかかわらず、辞めた4人のうち、ほとんど全員が「働きがいを感じられない」と口にしていたのだといいます。

「やりがい」「働きがい」には違いがある

この記事の執筆者である経営コラムニストの横山信弘氏も指摘していますが、「やりがい」と「働きがい」は異なるものといえます。

  • 「やりがい」とは、社会や他人への貢献から得られる満足感
  • 「働きがい」とは、「やりがい」だけでなく人生や生活に関わるもの、報酬やスキルなど自分の手に入るものも含む

もちろん明確な線引きは難しいところですが、あえて分けるならば、傾向としてはこのような相違があるのではないかと筆者個人は考えます。

「甲斐がある」ということ

「やった甲斐があった」「働いた甲斐があった」。

このように書けば、筆者が感じているこの違いは伝わるでしょうか。

「寝不足になった日もあったけれど、たくさんの人が楽しんでくれたから今回のイベントをやった甲斐があった」

「我慢も多い職場だけれど、給料はそこそこいいし、いい人もいるからこの会社で働いてきた甲斐はある」

前者が「やりがい」そして後者が「働きがい」と言えるでしょう。

先述の横山氏は、「働きがい」は数年働いてからでないと味わえないものであり、人集めのために安易に使うべき言葉ではない、と注意しています。

「働きがい」はどこに生まれるのか

実は、「〜しがいがある」という言葉は日常生活ではよく使われるものの学問的定義がなく、日本独特の使いまわしだという指摘もあります*2。

「働きがい」とはこうした漠然とした言葉ではありますが、数値として「見える化」するならば、厚生労働省は「ワーク・エンゲイジメント(Work Engagement)」という概念を「働きがい」をはかる尺度として用いています*3。

もちろん「働きがい」は個人の価値観によってそれぞれ異なりますが、スコアはひとつの参考にはなるでしょう。

ワーク・エンゲイジメントという尺度は、オランダ・ユトレヒト大学のSchaufeli教授らによって2002年に確立されたもので、具体的な測定方法として「ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(UWES)」が世界で活用されています*4。

ワーク・エンゲイジメント・スコアは「活力」「熱意」「没頭」という3項目を軸に計算されていますが、実際、新入社員の定着率とも相関関係があることもわかっています。

(出所:「令和元年版 労働経済の分析 ー人手不足の下での「働き方」をめぐる課題についてー」厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2.pdf p195


上の図は、入社3年後の社員の定着率が「上昇した」企業の割合から「低下した」企業の割合を引いた指数とワーク・エンゲイジメント・スコアの関係を示したものです。
この指数が大きいほど全体的には定着率が高いということになりますが、指数とワーク・エンゲイジメント・スコアは正の相関関係を持っていることがわかります。

さらに厚生労働省は、どのような立場で、どのような変化があったときにスコアが変動するのかの調査結果を公表しています。

収入と「働きがい」

まず年齢・年収別に見た時、39歳以下での正社員では年収の増加とともにワーク・エンゲイジメント・スコアは上昇しています。

(出所:「令和元年版 労働経済の分析 ー人手不足の下での「働き方」をめぐる課題についてー」厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2.pdf p185


厚生労働省は、
「近年では、収入などの外発的動機付けが、ワーク・エンゲイジメント・スコアに大きな影響を与えない可能性を示唆する研究もあり、これを前提として、今回の分析結果をみると、39歳以下の正社員では、年収の増加を通じて、仕事の中での成長実感や自己効力感の高まりによる効果を捉えている可能性も考えられる。」

と分析しています*5。

しかし、40歳台以降ではそうでもないのです。

(出所:「令和元年版 労働経済の分析 ー人手不足の下での「働き方」をめぐる課題についてー」厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2.pdf p185


役職にもよりますが、39歳以下の社員と違い「右肩上がり」というわけではありません。

そして50歳台になると、ばらつきは大きくなります。

(出所:「令和元年版 労働経済の分析 ー人手不足の下での「働き方」をめぐる課題についてー」厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2.pdf p186


では、年収の他にワーク・エンゲイジメント・スコアを左右するものは何でしょうか。

「働きがい」を大きく変えるもの

このスコアは基本的には、一時的な状態を捉えるものではないという性格を持っていますが、1年という短期スパンでも、スコアを大幅に動かす要因があります。

(出所:「令和元年版 労働経済の分析 ー人手不足の下での「働き方」をめぐる課題についてー」厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2.pdf p187


全体でみればスコアそのものはほとんど変わっていませんが(上図左)、シチュエーション別にみると(上図右)1年という短いスパンでもスコアを大きく上下させているものがあります。

具体的には「人間関係」です。
他の条件は変わらないまま人間関係のみが良好・あるいは悪化の方に変化した場合、スコアが大きく上昇・低下しているのです。

逆に言えば、人間関係の悪化を感じている社員の場合、それはなるべく早期に改善しなければ働きがいは早いペースで失われていくということでもあります。

また、「人間関係」ほどではありませんが、もうひとつ注目したいのは「役職のみが高くなった」場合にスコアがやや上昇しています。この分析を見るに、役職は「働きがい」の要因でも比較的大きいのかもしれません。

「働きがい」を感じさせるケアを

もちろん、何を「やりがい」「働きがい」と感じるかは人それぞれです。

ただ、「働きがい」というものは「やりがい」とは少し異なり、ちょっと勤務したくらいで得られるものではないこと、さまざまな要素が複雑に絡み合うのであるという点をおさえて新入社員のケアにあたりたいものです。

実際、筆者自身を振り返っても、TBSでの在職期間中は、ひとつひとつの仕事を見ればあれは二度とやりたくない、きつかった、と思うものもありますが、全体から得られた経験や知識、人間関係を考えてみると「働いていた甲斐はあった」と感じています。

「働きがい」というのは、ある程度時間を置いて冷静に振り返らなければ気づかないものなのかもしれません。

また、「働きがい」を「自分で見つけろ」と新入社員に丸投げするのも危険であると筆者は考えます。

もちろん本人が自分の価値観に照らして感じ取るべきものですが、社会人であるという前提抜きに短期的に考えてしまっては、働き続けていく上での現実味を欠いてしまうからです。