人事部の資料室

ビル・ゲイツが舌を巻いた精鋭発掘も! ニューロダイバーシティがもたらす採用プロセスの変革とは

作成者: e-falcon|2022/05/09

稀有な資質をもちながら、従来の採用プロセスではなかなか発掘できない人々がいます。
たとえば、Microsoft社が「ある特性」をもつ優秀な人々をそれまでとは異なる採用プロセスで獲得したところ、そのうちの約半分はかつて同社に応募して不採用になった経験があったということです。*1

その「ある特性」とは、ASD(自閉症スペクトラム)やADHD(注意欠陥多動症)などのいわゆる「発達障がい」と呼ばれる人々です。

最近は、それらの非定型発達を人間の脳神経の多様性の1つだと捉える「ニューロダイバ―シティ」のコンセプトが広がっています。

そして、ニューロダイバ―スな人々(以降、「ND」)のもつ優れた能力に着目し、貴重な人材として採用しようとする動きが欧米の有名企業の間で広がり、日本でもそうした動きがみられるようになってきました。*2、*1

例えば、日本のIT企業「デジタルハーツ」がNDを雇用して育成したところ、通常では考えられないほどの能力を発揮するスペシャリストに成長したということです。
ちなみに、同社がMicrosoft社のゲーム機「Xbox360」のデバッグ(バグなどの不都合を発見して仕様どおりの動作にする作業)を受注したときのエピソードは語り草になっています。

Microsoft社のエンジニアとデジタルハーツの引きこもりゲーマーだった社員とでバグの発見対決をしたところ、デジタルハーツの社員の圧勝だったというのです。
それにはビル・ゲイツも舌を巻いたとか。

ただ、前述のように、NDのこうした能力を見出すのに、従来の採用プロセスは十分機能しません。
そこで、彼らを獲得し雇用しようとする企業は、その能力を発掘するために独自の採用プロセスを用いているのですが、そうした取り組みから見えてきたことがあります。
それは、「通常の人事プロセスは優れた人材を弾き出しているのではないか」ということです。

そこで、最近では、ND向けの人事プロセスを全社的なスタンダードにしようとする企業も出てきました。
それはどのようなものなのでしょうか。

本記事では、先駆的な事例を紹介しつつ、ND人材がもたらした人事プロセスの変革について解説します。

なぜニューロダイバーシティなのか

まず、NDを雇用する意義についてみていきましょう。

日本が抱える産業・雇用面の課題

以下の図1は、日本の産業・雇用面での課題を俯瞰したものです。


出典:NRI 野村総合研究所(2021)
「デジタル社会における発達障害人材の更なる活躍機会とその経済的インパクト」p.6

https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/report/cc/mediaforum/2021/forum308.pdf?

図1のように、日本は多くの課題を抱えています。*3
2020年から2040年までの20年間で、15歳から65歳までの生産年齢人口が1,400万人減少し、その後も減少し続けていくとみられています。
また、1人あたりの労働生産性はOECD加盟国37か国中26位、さらにイノベーションの創出やデジタル競争力も世界的にみて高いとはいえません。

一方、働く意欲や能力がありながらも十分に働くことができていない属性があります。それは、女性や高齢者、非正規社員、外国人、障がい者、引きこもりなどですが、その中にはNDも含まれています。
ダイバ―シティ経営の必要性が叫ばれる所以です。

140万人以上いる?

16歳から65歳までの生産年齢の人々を対象にした調査では、診断をうけた人に限っても、日本にはASDが約64万人、ADHDが75万人いると推計されています。*1
しかも、ADHDと診断されている人の約2.5倍の潜在的ADHDがいる可能性もあるというのです。

これは無視できないデータではないでしょうか。

成功事例

ハーバード・ビジネス・レビュー論文『ニューロダイバーシティ:「脳の多様性」が競争力を生む』によると、ND人材の活用は進まず、重症な人も含めた場合、その失業率は80%に上るということです。*2
また、たとえ就労していても、非常に有能な人でさえ、十分にその能力が生かされていないケースもみられます。

しかし、一方で、NDを採用して目覚ましい成果を上げている企業もあります。
ドイツのSAPが自閉症者の積極的な雇用に踏みきったとき、さまざまな分野で優秀な成績をおさめた人々が応募しました。その中には、2つ以上の学位を持つ人も受賞歴を持つ人も特許を持つ人もいました。
それは、優秀であっても、ニューロダイバ―スという特性のために、その能力を生かす仕事に恵まれていない人々が大勢いることを意味します。

では、その結果はどうだったのでしょうか。
SAPが取り組む「Autism at Work」というプログラムでは、入社3年の21歳の自閉症者が会計プロセスを効率化する革新的なアプリを開発して、会社ばかりでなく社会にも貢献しました。*3

また、SAP同様、NDを積極的に雇用しているHPE(ヒューレット・パッカード・エンタープライズ)はオーストラリア福祉省(DHS)に30人以上のソフトウエアテスターを送りこみましたが、予備テストでは、ND人材で構成するチームの方が、他のチームより生産性が30%高かったことが報告されています。*2

こうしたDHSの成果に触発され、オーストラリア防衛省はHPEと共同で、ND人材をサイバーセキュリティ分野に生かす施策を立案しています。

イスラエル国防軍には、航空・衛星画像の分析を担う、特殊インテリジェンス部隊「9900」という組織があり、その中には主に自閉症の人々で構成されているグループもあります。

それだけではありません。
上に挙げた例からもわかるように、自閉症者とITとは非常に親和性が高いことは以前から知られていましたが、ND人材の職域がIT関連職種に限らないことがSAPの取り組みからわかってきたのです。
現在では、その職域は多岐にわたります(図2)。

NRI 野村総合研究所(2021)「日本型ニューロダイバーシティマネジメントによる企業価値向上(前編)」p.74
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/publication/chitekishisan/2021/03/cs20210306.pdf

これは、多様な個性をもつND人材に対して、各々に適した職種を個別に探った結果、明らかになったことです。

このように、NDがその特性を生かせる仕事に携わることができれば、大きな成果が期待できます。

ニューロダイバ―スな人々を対象にした採用プロセスとは

ND人材を採用するには、これまでとは異なる手法を使う必要があります。
それは、どのようなものでしょうか。

なぜ従来の手法が機能しないのか

これまでの手法がなぜNDには機能しないのか、その理由は主に2つあります。*2

ひとつ目は面接の問題です。
採用に面接はつきもの。
しかし、NDには、面接が不得手な人が多いという傾向があります。
一般的に、資質としては定型発達者に勝っていても、面接で高い評価を受ける可能性が低いのです。

SAPやHPEの経験によると、一部のプログラム参加者は、高い能力や適性があっても、それを見抜くのに数週間から数か月かかるということです。

ふたつ目の理由は、これまでのように汎用性の高いプロセス、つまり誰にでも一律の試験を
課し、高得点だった人を採用するような標準化された手法では、NDの多様なポテンシャルを測ることはできないという問題です。

したがって、NDに対しては、これまでの慣行を遵守するのでなく、個々の人材の「違い」に着目し、「万能」をよしとしない価値観をもつことが必要です。

先駆的企業スぺシャリステルネの手法

デンマークのスぺシャリステルネは、ニューロダイバ―シティ・マネジメントの先駆的企業です。*3

同社の創業者、トーキン・ソンネ氏は自身の子どもが自閉症診断を受けたのをきっかけに、2004年に利潤追求型企業である同社を設立しました。
主力事業はソフトウエア試験で、自閉症者を積極的に雇用してその特性を生かした高いサービスを提供し、事業に成功しています。

同社は、ND人材を正しく評価し、彼らが十分に力を発揮するための方法を考案し、改良を重ねてきました。
2008年にはスペシャリステルネ財団を設立し、同社が培ってきたノウハウを導入するように他社に働きかけています。

目標は世界で100万人の雇用を創出すること。そのために現在10か国以上で事業展開し、前述のSAP、HPE、Microsoftなどニューロダイバ―スプログラムを推進する多くの企業を支援しています。

次に、スぺシャリステルネの採用手法をみていきましょう。

面接を柱としない評価プロセス

上述のように、NDの中には採用面接を苦手とする人々がいます。そのため、スぺシャリステルネは雇用のためのインターン制度を設けています。

この制度は、通常は半日程度の和やかな集まりから始まります。NDの応募者は、打ち解けた雰囲気の中で、リラックスして採用担当者に自分の能力を示すことができます。

この会が終わる際には、候補者の中から数人が、引き続き2~6週間にわたる研修の対象に選ばれます。

この研修中に、彼らはレゴ・マインドストームのロボット組み立てキットやプログラミングキットを使って、最初は個人単位で、次いでグループ単位でプロジェクトに取り組みます。
その過程でプロジェクトは次第に実務に近いものに近づいていきます。

このプロジェクトでは終わらず、追加セッションを実施する企業もあります。
たとえば、SAPは「ソフトスキル」に関するセッションを設けています。その目的は、プロフェッショナルな環境で働いたことのない応募者を、プロの環境に馴染ませ、様子をみることです。

以上のような施策は、アメリカの場合には一般に、政府やNPOの資金で運用され、参加者には賃金が支払われます。

助成金に関しては、日本では以下のようなサイトが参考になるかもしれません。*4
発達障害者の就労支援 雇用主の方へ

NDの多くは社会への適応に苦労していますが、このようなインターンシップ中に、応募者たちは与えられたプロジェクトを遂行しながら、複雑な協働に取り組みます。そして、そうした過程で、他の応募者を自然にサポートする姿もみられるということです。
十分な評価期間を設ければ、候補者本来の資質や能力が表に現れてくるのです。

なお、こうした採用プロセスの具体的な手法は、企業によってさまざまです。*5

NDのための手法を全社的なスタンダードに

冒頭で述べたように、NDを対象とする採用プロセスを通じて、「通常の人事プロセスは優れた人材を弾き出しているのではないか」という気づきが生まれました。
それは、NDを受け入れるために、これまでの汎用的・標準的なプロセスから逸脱するという経験から得られたナレッジともいえます。

NDを対象とする採用プロセスの基本は、時間をかけて個々の個性を見極め、最大限に力が発揮できる環境に各自を置くことです。
それはこれまでの人材マネジメントとは異なる哲学ともいえます。

ニューロダイバ―シティプログラムに成功した企業の多くは、ND向けの人材マネジメントを全社的なスタンダードにすることを目指しています。*2
それは、NDがもたらした大きな変革といえるのではないでしょうか。