人事部の資料室

報酬の決め方は今のままでいい? 自主管理組織にみる「仕事への報い方」

作成者: e-falcon|2022/06/12

「組織の発達段階は、慣行をみればたいていわかる」
そう述べるのは、新しい組織形態を専門とするコンサルタント、フレデリック・ラル―氏です。*1

例えば、報酬の決め方には以下のようにさまざまなものがありますが、組織の発達段階は下にいくほど進んでいるというのです。

・社長が思いつきで自由に給料を上げたり下げたりする
・組織の階級や資格によって固定給が決められている
・個人ごとに目標を管理し、達成すれば報酬がアップする
・チーム単位のボーナスを重視する

一方、「自主管理組織」と呼ばれるフラットな組織は、上のような従来の決定方法とは全く異なる手法を採用しています。
それはどのようなものでしょうか。

報酬は働く者にとって切実な問題です。
先進的な企業のさまざまな取り組みを通して、現在の在り方を振り返ってみましょう。

報酬の決め方

同僚の評価によって決める

企業が自己管理・自己組織化するための手法は数多くありますが、ホラクラシーはその代表的な運営モデルです。*2
ホラクラシー型組織では、どのように報酬を決めているのでしょうか。

ホラクラシー型組織では管理職がいないので、報酬額は同僚同士の相互評価をもとに決めます。
1年に1度、社員たちは同僚たちを評価するよう求められますが、調査票に記載されているのは以下の2問だけです。*1

・この人は私よりも多く、あるいは少なく会社に貢献している
 *評価はマイナス3からプラス3まで
・この人には私を評価できる十分な材料または根拠がある
 *評価は1から5まで

そして、各社員の回答を簡単なアルゴリズムで集計し、何段階かの給与ベースにグループ分けします。
そうすると、給与が高いグループに入るのは、経験が豊富で知識があり、一所懸命働く人たちです。
一方、給与が低い方のグループには、若くて経験の浅い社員たちが入る傾向があります。

このプロセスは理解しやすく、公平です。
限られた人数の管理職だけではなく、ふだん接している人々全員が評価プロセスに参加するので、その結果として決まる給与額は、それぞれの社員の貢献度を公平に反映しているとラル―氏は述べています。

同僚との話し合いで決める

次にご紹介するのは、ホラクラシーを取り入れている、小規模な組織の事例です。*1
オランダのコンサルティング会社「リアライズ!」では、4人のビジネスパートナーが四半期ごとにミーティングを開き、その四半期で得られた利益をどう分配するか検討します。

まず、一般的な業務報告をした後、それぞれがその四半期に何をしたのか、どのようなプロジェクトを率いたか、他のメンバーをどうサポートしたかを説明します。
その説明の最中に他のメンバーが割り込んで、捕捉・称賛・批判をすることもできます。
全員が話し終え、それぞれの貢献について十分に伝え合うことができたと感じたら、そこで一旦、会話を中断し、沈黙して報酬について内省します。

そのうち、メンバーの誰かが沈黙を破り、利益の分配について提案します。
その提案に全員が合意すれば、それで報酬が決定しますが、異論がある場合にはその提案をたたき台にして皆で検討します。

ただし、このミーティングの目的はそれぞれの報酬額を決めることというより、メンバー全員が自分の貢献を十分に評価されたと感じることにあります。つまり、自分自身の評価と外からの評価を一致させることが本来の目的なのです。

こうした過程で、自分の意見を率直に表明すること、相手を信頼すること、お互いの弱さを認め合うことができる―それはメンバーの関係性にいい影響を与えます。そうしたプロセスを通じて、そのようなパートナーシップの一員でいられることに対して感謝の気持ちが湧いてくると、メンバーたちは述べています。

自分で自分の報酬を決める

ホラクラシーより進んだ取り組みもあります。*1
世界トップレベルの電力企業、AES(従業員4万人)では、創業者のデニス・バーキがトップだったとき、同僚たちとの話し合いで給与を決定するプロセスについて、先進的な方法を実験している部署がありました。

そこでは、一緒に働いている同僚からアドバイスを受けた上で、社員が自分で給料を決めていたのです。
ただし、そのために、社員は自分自身が会社にどの程度貢献しているのかを自己評価し、それを同僚たちの前で説明しなければなりません。

かつてのAESだけでなく、ブラジルでさまざまな製造業やサービス業を手がける「セムコ」も、自分で給与を決めるシステムを長年にわたって運用し大成功をおさめてきました。

自己設定給与システムを活用する

アメリカのトマト加工・運送会社「モーニング・スター」の取り組みも先進的です。

モーニング・スターは、自己設定給与システムを開発しました。社員は全員、1年に1回、自分にとって公平だと思う昇給額とその理由を書類に記します。

特になにもない年でも、生活費の調整分くらいの昇給は必要でしょうが、自分がいつもより難しい役割を担ったり、特別な貢献をしたと感じたりした場合には、もっと高い昇給額を書いてもいいことになっています。

書類を提出する際には、1年前に1対1のコミットメント(約束)を結んだ相手から受け取ったフィードバックや、自分の実績を示すデータを添付することもできます。

その上で、自分の書類を報酬委員会のメンバーに選ばれた数人の同僚に開示します。
報酬委員会はその書類を精査し、調整し、フィードバックを与えます。
例えば、謙虚すぎる申告にはもっと高い昇給額を求めてもいいのではないかとコメントする一方で、同僚たちと比べて自己評価が高すぎるとコメントすることもあります。

そのコメントへの対応をみて報酬員会が必要だと考えれば、委員会と社員が直接会って話し合う機会を設け、合意形成のプロセスに進む可能性もあります。

どの年も、だいたい4分の1の社員が生活費の調整以上の昇給を望みますが、委員会から要求が高すぎるのではないかとフィードバックを受ける社員は数えるほどしかいないそうです。
こうした状況から、社員は自分の報酬を公平に評価していることが窺えるとラル―氏は述べています。

公平なバランスの取り方

個人への賞与ではなく会社全体の賞与

次に賞与についてみていきます。
賞与の決め方も組織によってさまざまです。*1

社内の地位に応じて決める組織もあれば、社員のモチベーションを高めるためにインセンティブ(報奨金)を与える組織もあります。
また、インセンティブの競争的な性格と賃金格差を嫌い、組織への協力に対する報酬として、チーム単位で賞与を与えている組織もあります。

一方、自主管理組織では、賞与のような外在的な要因よりも内在的な欲求で動く人に価値をおく傾向があります。それは、人が仕事にどう向き合うのかの捉え方からきています。
自主管理組織の価値観では、人は基本的なニーズが満たされるだけの報酬を受け取っていれば、仕事の意義や、自分の能力を発揮して使命を果たそうとすることの方を、賞与よりも重要視すると考えられているのです。

そのため、先進的な自主管理組織の多くは、個人的なインセンティブを完全に廃止しています。
それは例えば、営業パーソンが営業目標を達成したとしても、なんのインセンティブもないことを意味します。ビジネスの世界では革新的なことといっていいでしょう。
また、CEOがストックオプション(自社株をあらかじめ定められた価格で取得できる権利)を持たない組織が大半です。

さまざまな組織の中には、個人のインセンティブという形ではなく、著しい成果を上げたチームに賞与を与え、チーム全員で平等に分配するという仕組みを取り入れている企業もあります。
しかし、自主管理組織ではそのようなシステムすら廃止しているところが多く、業績がよかった年は、従業員全員で分配するという方法を取り入れています。
その際、基本給に応じて配分を変えている企業もあれば、全員に同額を分配する企業もあります。

フランスの金属メーカーFAVI(従業員500名)では、業績のよかった年には、全従業員が同額の賞与を受け取っています。

報酬の不公平を減らすために

現在のビジネス界では、結果を出すためには社員に個人的なインセンティブを与えて士気を高めなければならないと一般的に考えられています。
その結果、社員の間で賃金格差が生じても、個人が受け取るメリットと貢献度が整合的であれば問題ないとみなされます。

これが社員間の賃金格差、さらには経営トップと従業員との賃金格差の拡大につながっています。

ペイ・レシオという指数があります。経営トップが従業員の給与の中央値より何倍多くの報酬を受け取っているかを表す指数です。*3
アメリカ企業の中で、そのペイ・レシオが最大だった企業は、実に5,294倍でした。アメリカではCEOの報酬の多くが株式で支払われるため、業績がよく株価が上がればそれがCEOの報酬を押し上げるという事情もありますが、それを差し引いても最大格差は2,000倍ということです。
ちなみに日本企業の最大は174倍でした。

自己管理組織でも実力主義を全く認めていないわけではありませんが、これほどの格差は限界を超えていると捉えているようです。*1
ラル―氏が調査した組織の大半は、最低給与を押し上げながら高い給与を抑え、給与格差を縮めるために懸命に努力しています。

自主管理組織では、すべての従業員に、生活する上で基本的なニーズをカバーするのに十分な給与が行き渡っているかが非常に大切な問題なのです。

AESは、工場作業員の時間給を廃止して固定給を導入することによって、ブルーカラーとホワイトカラーの区別をなくしました。*4
AESの創業者であるデニス・バーキ氏によると、こうした取り組みは、経営者と労働者の間の垣根を取り払い、AESの社員全員を1つにまとめる、大きなステップだったということです。

その結果、従業員はそれ以前とほぼ同額の給与を受け取ることになったのですが、会社で働く時間は短くなり、ほとんどの場合、従業員は仕事に対して責任感や積極的な姿勢、プライドをもつようになりました。
バーキ氏が一番重要な成果だと述べているのは、AESで働く人々に自尊心が生まれたことです。

精神疾患や各種依存症、ホームレスなど支援を求める人々にサービスを提供するアメリカの非営利組織RHD(従業員4,000人)では、たとえ全体のバランスが崩れても、昇給の余地がある場合には、その金額を最低賃金の引き上げに使うべきだという原則があります。
そして、CEOの給与は、社内の最低賃金の14倍までという上限を設けています。ペイ・レシオのように従業員の給与の中央値ではなく、最低賃金の14倍です。

RHDはまた、社員が高等教育を受け、より多くの給与を受け取れるようにするために、奨学金制度を導入してもいます。
さらに、「RHDイコール・ダラー」という社内通貨を始め、給与の低い社員たちが同僚や地元のコミュニティーから財やサービスを買える仕組みを作りました。

仕事に対して社員にどう報いるのか

本稿では自主管理組織の報酬に関する取り組みをみてきました。
それらの取り組みが私たちに問いかけてくるものはなんでしょうか。

重要な仕事に取り組んでいる人、専門性を備えている人、より成果をもたらす人が高い報酬を受け取るのは合理的だという考え方があります。
その一方で、どのような仕事も同価値であり、責任や愛情をもって仕事に取り組んでいる社員はできるだけ等しく扱うべきだとする考え方もあります。

報酬について考えることは、結局のところ、「仕事とはなにか」、「そのことと金銭とはどのような関係か」に関する自身の価値観と向き合うことにほかなりません。
これを契機に、もう一度、自社が社員の仕事にどう報いているのかに目を向けてみてはいかがでしょうか。