人事部の資料室

社員が望むキャリア形成を実現! 社内FA制度・社内公募制度のメリットと留意点

作成者: e-falcon|2023/04/16

FA(Free Agent)と聞くとプロ野球を思い浮かべる方が多いかもしれません。そのFAに似た「社内FA制度」という人事登用制度があります。社員が自ら能力や実績を希望の部署にアピールし、移動を可能にする制度です。

FA制度はエンゲージメントレベルを向上させ、組織と個人の成長を同時に実現させることが期待できると指摘されています。

抱き合わせで導入されることの多い「社内公募制度」にも触れながら、先進的な取り組み事例を通して、広がりつつある社内FA制度について考えます。

社内FA制度とは

まず、社内FA制度の運営方法と導入状況をみていきましょう。

FA制度の運営方法

社内FA制度のルールは企業によって多少の違いはありますが、ポイントは、希望する社内他部署への異動を社員が自律的に表明するところです。

以下は導入している企業の運営方法の例です。

  •  仕事を通じて高評価を獲得した社員に対して、プロ野球のFA権のようにフリーエージェント(FA)権が与えられる。ポストや職種へのオファーに対してFA権を行使することによって、新しい職場へ異動することができる制度。この他に「社内募集制度」もある。(ソニーグループ株式会社:以降、「ソニー」)*1, *2
  • 社員が自らの強みを希望先の事業部門に直接アピールし、新たな仕事にチャレンジできる制度。各部署が必要な人材を公開して一斉に募集し、それに対して社員が自ら手を挙げて挑戦することができる制度もある。(パナソニック ホールディングス株式会社:以降、「パナソニック」)*3:pp.68-69
  • 社員自らが自身の能力・スキルをアピールし、希望するポストへの配属を実現する制度。社内公募に対して社員が応募する制度もある。(三井住友海上火災保険株式会社:以降、「三井住友海上火災」)*4

以上のように、社内公募や他部署からのオファーとのセットで運用されることが多いため、本稿では社内公募制度も視野に入れてみていきます。

導入状況

FA制度の導入は進んでいるのでしょうか。*5:p.2
日本生産性本部の調査によると、FA制度の導入率は2001年は3%だったのが、2019年には12.7%と、上昇してはいますが、まだまだ普及の余地があることが窺えます。

その一方で、社内公募制度は2007年以降、30%台後半から40%台前半で推移しており、公募制度と抱き合わせになっているタイプのFA制度も含めると、導入はある程度、進んでいるとも捉えられます(図1)。

出典:公益財団法人 日本生産性本部 主席コンサルタント 東狐貴一「ジョブ型雇用はイノベーション 創出につながるか?」(産労総合研究所『人事実務 特集 DXと人事 データでみる人事のこれから』(2020年5月 No.1208)p.2
https://www.jpc-net.jp/consulting/report/assets/pdf/2005jinjijitumu_data_2.pdf

取り組み事例

では、FA制度を導入している企業はどのような取り組みをしているのでしょうか。
パナソニック、ソニー、三井住友海上の取り組みを順にみていきましょう。

パナソニックの取り組み

パナソニックは、自律したキャリア形成のために、社員自らが率先して手を挙げてチャレンジすることを推奨し、支援しています。*3:pp.68-69
そのための取り組みはいくつかありますが、FA制度に関連するのは、「eチャレンジ」と「eアピールチャレンジ」です。

まず「eチャレンジ」とは、これまで約20年間続いている社内公募制度です。パナソニックグループの各部署が必要な人材を公開して一斉に募集をかけ、一定の勤務年数を経た社員が自ら手を挙げて挑戦することができます。その際、現在の上司や人事部門を介さずに応募し、募集部門の面接を受けることができる仕組みになっています。*6, *7

次に「eアピールチャレンジ」 は、部門の人員募集がなくても、誰でも自発的に希望部門への異動をアピールできる制度です。

「eアピール」を利用して商品営業企画部からグループ会社のブランドコミュニケーション本部に異動した社員は、この制度の魅力として、それまで同社で得た知識や人脈を保持したまま他部署に行けることを挙げています。*6

ただ、この社員は、他部署での仕事をやりたいと思ってから実際に応募するまでには1年ほどかかったといいます。
その当時所属していた部署での仕事も楽しかったので、その部署の仲間から「職場や仕事が嫌になった」と誤解されたくなかったこと、自分が抜けたら迷惑がかかるのではないかという責任感から、躊躇していたそうです。

そして、再び募集があったときに、さまざまな人に相談したところ、背中を押されて応募し、異動が決まったときにも温かく送り出してもらえたということです。
中には、「もっと気楽に言えるようにしてあげれば良かった」と言う人もいたそうで、多くの社員が制度を活用するためには、こうした側面にも配慮する必要があることが窺えます。

ソニーの取り組み

ソニーにも、本人の希望でグループ内を異動できる「社内募集制度」と、一定のキャリアを積んだ後、他部署からのオファーを得て異動できる「社内FA制度」があります。*2

「社内FA制度」を利用したある社員には、入社して7年ほどたったある日、突然「FA権を取得しました」というメールが届いたそうです。
よい機会なので複数のオファーの中から、エンドユーザーの反応が身近に感じられる業務を選び、それまでのイメージング領域の部署から異動しました。
さらにその後、古巣のイメージング部署がオフィス移転をするのを機に、今度は社内募集制度を活用して、元の部署に戻ったということです。

ただし、FA権を獲得し複数のオファーが寄せられてても、FA権を行使しないという選択も可能です。
別の社員は、FA権を獲得したとき、自身のおかれた職場環境に満足していたため、どうするか迷ったそうですが、思い切ってチャレンジすることを決め、新規事業系の部門を選びました。それまでの専門とは異なる部門だったため、異動してから苦労もあったということですが、新たなチャレンジを通して知識や経験、人脈を得ることができ、キャリアの幅が大きく広がったと述べています。

同社の「社内FA制度」は2015年に開始し、それ以来FA権を付与された人数は1,000名以上に上ります。*1

一方、社内募集制度の場合は、まず異動先の人事担当者と面接した後、現部署のマネジメントと面接して内定をもらうという仕組みになっています。*2

この制度を利用したある社員は、新卒の時点では学生時代の研究をふまえてエンジニアとして入社したものの、もう少しエンドユーザーに近い場所で働きたいと思うようになり、半導体事業からエレクトロニクス事業へ異動したといいます。
それは在籍期間2年8か月のころで、いわゆる第二新卒のタイミングでした。

厚生労働省の調査によると、2019年3月に卒業した新規学卒就職者の就職後3年以内の離
職率は、新規高卒就職者が35.9%、新規大学卒就職者が31.5%に上ります。*8

したがって、この社員が社内募集制度を活用したのは、同世代の一部が転職を始める時期と重なりますが、社内にこのような制度があるため、転職せずに社内での異動で希望を叶えることができました。それは社員にとっても企業にとってもメリットといえるでしょう。

三井住友海上火災の取り組み

三井住友海上火災は、2021年度から「社内FA制度」を導入しています。*4
それ以前にも、公募に対して社員が応募する求人型の「ポストチャレンジ制度」はありましたが、社内FA制度はより自律性が高いものです(表1)。

出典:三井住友海上火災保険株式会社「News Release 社員求職型「社内エージェント制度」の導入について」(2020年8月20日)
https://www.ms-ins.com/news/fy2020/pdf/0820_3.pdf


「社内FA制度」に応募できるのは、毎年受け付け締め切りの10月時点で、その時点での職場で在籍2年以上(見込み)勤務している社員です。

この制度を利用したい社員は、毎年8月から10月の募集時に、自分の能力・スキルをアピールしたい部署を最大5つ指定し、その内容をシステムに登録します。
人事部は指定部署にその情報を開示し、指定部署が受入れを希望したら、原則として翌年4月1日付で希望部署に配属するという仕組みです。

同社がこの制度を導入したのは、社員が自律的に能力・スキルを高め、その能力・スキルを発揮できる職場を目指すことができるようにすることによって、社員のキャリア形成をさらに広げるためです。

FA制度・社内募集制度の有用性と課題

最後に、有用性と課題を整理していきましょう。

有用性

厚生労働省は2022年に公表した「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」で、「持続的なキャリア形成につながる学びの実践」として、学びや学び直しの後に、学んだことを業務で実践することの重要性を指摘しています。*9:p.17

そして、本人の意欲・意思・学んだ内容を尊重した実践の場を設けるために、社内FA制度や社内公募制度の導入を推奨しています。

また、経済産業省が同じく2022年に公表した「人材版伊藤レポート2.0」では、社員エンゲージメントを高めるための取り組みとして、社内のできるだけ広いポジションの公募制化を提唱しています。*10:p.67

公募制は社員がキャリアプランを人事部門に任せるのではなく、自律的に考えるきっかけとなり、新たな職務領域に挑戦する機会を提供することにもつながると述べられていることから、FA制度もみすえた公募制度を提唱していると捉えることができます。

その上で、社員がそのような方法で異動後に高いパフォーマンスを発揮することができれば、エンゲージメントレベルが向上し、組織と個人の成長が同時に実現することが期待できると指摘しています。

上述の取り組み事例でみたように、社員と職場のミスマッチはあり得ることですし、当初は望んだ仕事内容だったとしても、経験を積むにつれ、あるいは学びや学び直しによって、別の仕事をやりたいと思うようになるのは、むしろ自然の流れです。

そんなとき、社内FA制度や社内募集制度を利用すれば、転職せずに社内異動によって社員の希望を叶えることができます。

このように、これらの制度は社員の離職リスクを低減させ、社員が自律的にキャリアプランを練ることにつながります。
また、そうした自律的な選択で異動した後に満足する仕事ができれば、それがエンゲージメントを高めることにつながるでしょう。

導入の留意点

上述の「人材版伊藤レポート2.0」には、社内募集制度を実施するにあたっての留意点が述べられています。*10:p.68

  • 異動後のミスマッチが生じないように、異動先のポジションに求められる要件や業務内容について明確に公開する。
  • 社員が応募しやすい環境を整えるために、各部門のビジョンや職務内容、チームの魅力を社内に発信する。
  • 制度を利用した社員に対して、人事部門が丁寧にフィードバックする。異動が決まった社員には、期待される役割を明確に伝える一方、希望が叶わなかった社員には、その社員が評価されている点や、再挑戦するに当たっての改善点を伝える。
  • 異動先の部署でパフォーマンスが思わしくない社員がいたら、そのポジションの前任者や所属部門・人事部門が支援する。それでも改善が見込めない場合には、本人に十分なコミュニケーションを行った上で、再異動を検討する。

社内FA制度や社内公募制度は、上述のようにさまざまなメリットがある制度ですが、導入にあたっては以上のような留意点を把握し、適切に運営することが重要です。