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信託型ストックオプションは給与所得課税の対象に|国税庁による最新見解を弁護士が解説

作成者: e-falcon|2023/06/18

インセンティブ報酬として多くの企業が採用している「信託型ストックオプション」について、国税庁が給与所得として課税されるとの見解を示したことが大きく報道されています。
国税庁の最新見解は、従来の定説と異なる内容であるため、すでに信託型ストックオプションを導入している企業を中心に大きな影響が想定されます。

今回は、信託型ストックオプションの課税関係について、従来の定説と国税庁の最新見解を踏まえたポイントや、想定される波及効果などをまとめました。

信託型ストックオプションとは

「信託型ストックオプション」とは、インセンティブ報酬として活用されているストックオプションのうち、信託スキームを活用したものです。

ストックオプションは、法的には「新株予約権」といいます。新株予約権を行使すると、あらかじめ定められた価格で会社株式を取得できます。

権利行使時に株価が値上がりしていれば、取得した株式を市場で売却して利益を得られます。権利者にとっては、会社の業績を向上させることが自らの利益に繋がることから、インセンティブ報酬として活用されています。

一般的なストックオプションは、役員・従業員などの権利者に対して、会社が直接発行します。

これに対して信託型ストックオプションは、会社が権利者に対して直接発行するのではなく、「信託」を経由して発行するのが大きな特徴です。

「信託」とは法律上の仕組みで、管理する財産を入れておく箱のようなものです。信託に入れられた財産は、受託者が信託契約に従い、受益者のために管理します。

信託型ストックオプションの場合、信託銀行が受託者となって、受益者である役職員などのためにストックオプションを管理します。そして、信託契約で定められたルール(ポイント制)に従って、役職員にストックオプションを割り当てるという仕組みです。

信託型ストックオプションのメリット

信託型ストックオプションは、一般的なストックオプションの問題点を解消し得るものとして注目され、多くの上場企業において導入されるに至りました。

信託型ストックオプションには、以下のメリットがあるとされています。

(1)ストックオプションの発行回数を抑えられる
会社が信託へまとめてストックオプションを発行することで、発行回数を抑えて手続きのコストを削減できます。

(2)入社後の貢献を考慮できる
一般的なストックオプションの場合、発行時点で付与する新株予約権の数を決めなければなりません。
これに対して信託型ストックオプションの場合、入社後に付与されるポイントに応じて付与数が決まるため、入社後の貢献を考慮できるメリットがあります。

(3)入社時期にかかわらず、一律で行使価格を決定できる
一般的なストックオプションは、付与のタイミングが遅くなると行使価格が上がる傾向にあるため、後から入社した役員・従業員にとっては不利になりやすくなります。
これに対して信託型ストックオプションの場合、行使価格は発行時の株価を基準として一律で決定されるため、中途採用などの際のアピールポイントになり得ます。

信託型ストックオプションの課税関係|従来の定説と国税庁の最新見解

上記に加えて、信託型ストックオプションには税制上のメリットもあると考えられていました。

しかし最近になって、信託型ストックオプションの課税に関する国税庁の最新見解が発表されました。国税庁の見解に従えば、信託型ストックオプションの税制上のメリットは失われたものと考えられます。

従来の定説|キャピタルゲインの発生時のみ課税

従来の実務の定説では、信託型ストックオプションについてはキャピタルゲインに対する譲渡所得課税のみが行われると解されていました。

たとえば信託型ストックオプションを行使して、100万円を払い込んで株式を取得し(取得時点における株式の時価は200万円とする)、その後300万円で売却したとします。
この場合、株式の取得時点で直ちに含み益となる100万円には課税されず、売却時に得たキャピタルゲイン200万円(300万円と100万円の差額)についてのみ課税されるというのが、従来の実務の定説です。

国税庁の最新見解|権利行使時にも給与所得として課税

しかし国税庁は、信託型ストックオプションを行使して株式を取得した際にも、原則として給与所得課税がなされるとの見解を示しました*1。

前述の例で言えば、株式を取得した時点で、まず含み益100万円について給与所得課税が行われます。その後、株式を300万円で売却した時点で、キャピタルゲイン100万円(300万円と200万円の差額)について譲渡所得課税が行われます。

国税庁の最新見解による導入企業への影響

国税庁の最新見解によって、従来の実務の定説が覆されたことに伴い、信託型ストックオプションの導入企業には以下の影響が想定されます。

(1)ストックオプション行使者の税負担が増大する
(2)会社に源泉徴収義務が発生する
(3)過去に遡って給与所得課税が行われる

ストックオプション行使者の税負担が増大する

従来の実務の定説に従い、キャピタルゲインへの譲渡所得課税のみであれば、権利者に課される所得税・住民税の税率は計20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%、住民税5%)です。
また、他の所得と合算して課税される総合課税ではなく、申告分離課税となります。

これに対して国税庁の最新見解に従えば、信託型ストックオプションの行使によって生じる給与所得については、他の所得と合算した上で総合課税とされ、最高税率は55.945%(所得税・復興特別所得税45.945%、住民税10%)*2となります。

その結果、信託型ストックオプションを行使した者の税負担は増大する可能性があります。

会社に源泉徴収義務が発生する

役員や従業員に対して支給する給与について、会社は源泉徴収義務を負います。

したがって、信託型ストックオプションの行使時に発生する給与所得についても、会社は源泉徴収をしなければならず、従来に比べて事務負担が増大する可能性があります。

過去に遡って給与所得課税が行われる

信託型ストックオプションへの課税に関する国税庁の最新見解は、従来の見解を変更するものではなく、あくまでも従来からの見解を明確化したものと位置づけられます。

そのため、信託型ストックオプション行使時に生じる給与所得への課税は、過年度に行使された分についても遡って行われる可能性が高いでしょう。その結果、行使者は多額の追徴課税を強いられ、会社は源泉所得税を遡って納税しなければならないなどの影響が予想されます。

まとめ

導入の前提となっていた税制上のメリットが覆されたことにより、信託型ストックオプションの導入・活用は今後下火になる可能性が高いでしょう。
その一方で、税制適格ストックオプションの使い勝手を改善する通達改正が見込まれるなど、ストックオプションに関する課税ルールは大きな転換点を迎えています。

今後は、税制の整備により明確化された課税関係を前提として、各企業が最適なストックオプションのあり方を模索することになるでしょう。