人事部の資料室

スタートアップが大事にすべき人事施策とは 何を重視する?どう評価すれば良い?

作成者: e-falcon|2023/05/14

国は最近、本格的なスタートアップ・エコシステムの構築・スタートアップ支援に乗り出しました。

では、スタートアップが最終的に「永続する企業」として成長するまでには、どのようなことに直面するのでしょうか。
その道筋を4つのステージに分類し、それぞれのステージでの課題や次のステージに進むための条件を示した論文があります。

本記事では、スタートアップの社会的・経済的意義を押さえた上で、上述の論文を参照しながら、スタートアップが「永続する企業」となるための条件と道筋、各ステージで変化する人事施策のあり方を概観します。

スタートアップの社会的・経済的意義と支援の目標

国は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけ、「スタートアップ育成5か年計画」を公表して、各種の政策を推進しつつあります。*1:p.7, *2:p.1
その背景をみていきましょう。

スタートアップの特徴

まず、スタートアップは経済成長のドライバーになり得る存在です(図1)。*1:p.3

出典:経産省「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」p.3
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/meti_startup-policy.pdf


図1からわかるように、アメリカの経済成長を牽引しているのは新興企業のGAFAM(Google、Apple、Meta、Amazon.com、Microsoft)であって、GAFAMを除くと、日米の成長の差はみられません。

また、スタートアップのうちユニコーン企業(時価総額10億ドルの未上場企業)は売上高の成長に伴い、従業員数が4年で5.6倍になるというデータがあり、雇用創出にも貢献します。*1:p.4, *3:No.25

さらに、スタートアップは機動性が高く、新たな社会課題の解決にも貢献します。*1:p.5
たとえば、海外ではビオンテック(独:2008年設立)や モデルナ(米:2010年設立)などのスタートアップ企業が、新型コロナワクチンをいち早く開発・実用化しました。
日本にも環境・エネルギー問題の課題解決のためにさまざまな自然エネルギー発電所の設置・運営に携わっているスタートアップがあります。

このように、機動力があるスタートアップは眼前の社会課題にソリューションを提供する存在です。

国による「スタートアップ育成5か年計画」とステージ

上述の「スタートアップ育成5か年計画」では、スタートアップの起業数増加と規模の拡大を目標にし、ステージ毎の支援を展開しようとしています(図2)。*1:p.9

出典:経産省「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」 p.9
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/meti_startup-policy.pdf


ここでは、「プレシード・シード」(創業)と「アーリーミドル」(事業拡大)、「レイター」(海外転換も含めた事業拡大・エグジット:IPO・M&A)という3つのステージが想定されています。

ただし、それとは別のステージを想定している人もいます。

「永続する企業」への4つのステージ

グロービス・キャピタル・パートナーズ(ベンチャー・キャピタル)の高宮慎一氏は、スタートアップが最終的に「永続する企業」へと成長するためのステージを4つに分類し、それらの各ステージでの課題と次のステージに進むための条件を示し、その道筋を示しています。*3:No.37
その論文をみていきましょう。

4つのステージ

高宮氏は、スタートアップの企業価値の成長という観点でみると、その成長ステージは連続的なものではなく、事業上大きな意味をもつ重要なマイルストーン(中間目標地点)をクリアしているかどうかで決まると述べています。*3:No.49

そうした本質的な観点から高宮氏が分類するのは、図3のような4つのステージです。*3:p.61

出典:高宮慎一(2018)『起業から起業へ:4つのステージの乗り越え方』ダイヤモンド社 ハーバード・ビジネス・レビュー(電子書籍版)*3:No.61

起業の目的は、社会を変革し、社会に永続的に価値を提供し続ける「公器」を創ることであると高宮氏は述べます。*3:No.68
そうであれば、最終的には持続化を果たすことが必要で、IPO(上場)も1つの通過点であり、資金調達の一手段に過ぎないのです。

各ステージでクリアすべきこと

高宮氏は、これら4つの各ステージでクリアすべきことは、各ステージにおける優先課題であると述べています。*3:No.61-2

そして、その優先課題を分析する際に必要なのが、企業の「戦略」「仕組み」「組織」「リソース」に着目することです。

このうち、特に人事に関連する箇所にフォーカスして、それぞれのステージ毎に高宮氏の分析をみていきましょう。

価値訴求のステージ

この最初のステージで重要なのは、スタートアップが開発したプロダクトや、ユーザーに提供しようとしている価値と、マーケットのニーズがぴったり適合することです。*3:No.68

自社が提供しようとしている価値がユーザーにしっかり受け入れられれば、このステージのマイルストーンをクリアすることができます。

このステージでは、メンバーは2、3人から多くて10人。全員が情熱をもち、一丸となって事業を推進しています。*3:No.95, No.105
役員もプレーヤーで、経理もやれば営業もやるというように、複数の機能を担っています。

このような組織なら、ルーティンを定型化したり、きっちり組織化したりしなくても、狭いオフィスの中で、属人的なコミュニケーションを図ることでカバーできます。

ここで必要なのは、創業者が熱量高く、スピード感をもって全員と直接コミュニケーションをとりながら、現場で汗をかく「背中で語るリーダーシップ」だと高宮氏は指摘します。

トップダウンであれ、あるいはフラットなプロジェクトチームのような形態であれ、組織図を描かなくても十分機能するというのが高宮氏の考えです。

エコノミクスのステージ

ユーザーのニーズに合致したプロダクトやサービスを提供できたら、次はエコノミクスのステージに移ります。

このステージではマネタイズモデルという収益事業の根幹に関わる部分を固めることが肝要です。*3:No.140, No.150, No.162
短期間で収益を上げるモデルでは、短期的には収益性が高い一方で、安定性は欠いてしまいます。
一方、長期間で収益を上げるモデルでは、長期的には安定した事業となる可能性が高いものの、収益化に時間がかかってしまいます。

このようにマネタイズの戦略には一長一短があり、そのどれを選択するか、またどのタイミングからマネタイズを始めるかは重要です。

マネタイズの規模の大小にかかわらず、人材の採用は進んでいます。
社員数は20~30人のことが多いでしょう。役員が4、5人で、1人当たりの管理スパンは5、6人であり、全メンバーが直接、役員とコンタクトできる規模です。*3:No.171

まだ属人的なコミュニケーションでカバーできることも多いため、強固な仕組みを導入することでスピードが遅くなるくらいなら、あえて仕組みを導入する必要はないと高宮氏は指摘します。

ただし、このステージの目的は、確固たるマネタイズのモデルを構築することなので、売り上げを伸ばすための仕組みづくりは必要です。

規模化のステージ

このステージはマネタイズが証明されたモデルをスケールアップするステージです。*3:No.181, No.188
したがって、リソースの確保や肥大化したリソースをコミュニケーションロスなく回していく仕組みや組織に移行していきます。

アウトプットの効率を高めるためのオペレーション戦略が重要になるため、すべてを社内の人員でまわそうとせず、一部はクラウドソーシングを活用するなどの施策が必要です。*3:No.188

このステージでは、人員も50~100人程度の規模になるでしょう。ミドルマネジメントが間に入り、経営者から下に3層できる段階です。*3:No.198
そうすると、経営者の想いや意思は、属人的なコミュニケーションでは、5割程度しか伝わらなくなってしまいます。

そこで、こうしたコミュニケーションロスをカバーする仕組みが重要になってきます。
その仕組みの究極の目的とは、経営が考えている戦略を効果的に実行することです。

このステージではマネタイズモデルが確立しており、物量勝負の側面があります。仕組みで効率化を図りつつ、リソース面はお金の力で解決し、スピードアップできることにはパワープレーを仕掛けます。*3:p.230

投資家は大きな資金を投資しやすくなっており、投資の内容次第でパワープレーも左右されます。
したがって、財務戦略やCFOの果たす役割がこれまでのステージに比べて格段に上がります。
こうしたポストには、優秀な人材を採用、登用すべきだと高宮氏は提唱しています。

持続化のステージ

このステージが最も大きなチャレンジであり、日本のベンチャー業界ではこの壁をクリアしている企業は少ないと高宮氏はいいます。*3:No.250

このステージでは、既存事業を守り伸ばしていくためにルーティンを固持する一方で、新しいイノベーションの芽を取り込み、多様性の中から新規事業を産み出す仕組みの、双方を備える必要があります。*3:No.289

社員は100人、1,000人の桁に到達します。
単一の組織の中では、現状を維持する慣性が働き、異分子を排除する動きが強まるものです。*3:No.299

したがって、新規事業を立ち上げる際は、別組織として分離することが望ましいと高宮氏は述べています。
別の組織の中で、独自の文化や仕組み、組織を構築し、独自の土壌の中でイノベーションの種を育てる。つまり、疑似的に独立独歩のスタートアップと同じ状況を、企業内につくるのです。
そして、企業内起業家を抜擢し、のびのびと活躍する環境を整備することが必要です。

スタートアップにとっては、このレベルに達してはじめて人材のダイバーシティが機能するようになってくると高宮氏は指摘します。

既存事業のルーティンを精度高く回してくれる「守り」の人材と、既存事業の慣性から飛び出しイノベーションを産み出してくれる「攻め」の起業家人材、この両者を惹きつけ、引き留めるインセンティブの設計が必要です。*3:No.309

このステージは、戦略、仕組み、組織、リソースで全面的に相反することを取り込み、絶えず変化することを求められます。
経営者には長期的ビジョンに立って、会社全体を俯瞰しながら、バランスをとっていく高い視座が求められます。

永続する企業を目指すために

これまで人事に関する箇所を重点的にみてきましたが、高宮氏は4つのステージの企業システムを次のようにまとめています。*3:No.323

出典:高宮慎一(2018)『起業から起業へ:4つのステージの乗り越え方』ダイヤモンド社 ハーバード・ビジネス・レビュー(電子書籍版)No.323

スタートアップはその機動力でイノベーションを産み出し、社会を変革することに貢献しますが、そのような力を十分発揮するためには永続的な企業であることが必要です。

スタートアップが起業してから持続する企業へと成長を遂げるためには、これまでみてきたように、各ステージ毎に、そのステージにふさわしい人事へとその施策を柔軟に変化させていく必要があるのです。