2026年9月5日(土)・6日(日)に慶應義塾大学日吉キャンパス(来往舎)で開催された産業・組織心理学会第41回大会において、弊社アナリストの川上将司が「動機の二重システム理論に基づくワークエンゲージメントの予測モデル」と題したポスター発表を行いました。本発表は、narrative nights株式会社の三好康祐氏との共同研究となります。
本発表では、研究の示唆のなかから管理職登用をめぐる論点を中心にお話ししました。本記事もその流れを汲み、昨今叫ばれる「管理職の罰ゲーム化(なり手不足・負担感の増大)」という現場の課題に即して、経営者や人事の皆様にお伝えしたいポイントを2点に絞ってご紹介します。
「他者に影響を与え、コントロールしたい(権力動機)」という欲求を持ちながらも、職場から関連する行動を求められていない社員が多い(全体の36.5%)。日本の職場風土では権力動機は行動として表に出しにくく、自己申告のアンケートだけでは管理職としてのポテンシャルを捉えきれない可能性。
その「隠れた動機を持つ層」をアセスメントし、会社側から明確に役割を伝えることで、仕事へのやりがいや熱意(ワークエンゲージメント)を引き出せる可能性。ただ負担を減らすだけでなく、適切な後押しと期待を与えることが、管理職登用を成功させる鍵となると推察される。
動機づけ研究では、人の動機を二つの系統に分けて捉えます(McClelland et al., 1989)。そもそもの測定の方法が異なるため、そこに反映される性質も別系統の動機として想定されます。
投影法(PSE:Picture Story Exercise)で測定します。曖昧な場面を描いた絵を一枚ずつ提示し、その場面について自由に物語を書く手法です。
「自由に物語を作ってください」という教示のみが伝えられるため、絵のどこに注目して物語を組み立てるかも、回答者によって異なります。回答の自由度が高く、正解のない状況に置かれるため、その人の自発的な動機のあり方が物語の内容に反映されます。そして、このように測定される動機は本人が自覚しにくいと考えられています。
そして、書かれた物語を一文ずつ読み、達成・親和・権力のいずれの動機に該当するかを分類して得点化します。
こちらは質問紙で測定します。3動機について各5項目、計15項目(うち3項目は逆転項目)で構成しました。達成動機であれば、次のような項目です。
私は仕事で最善を尽くそうと努めている
可能な限り最高の仕事をすることが、私にとって重要である
私は仕事での過去の業績を上回るために、懸命に努力している
これらへの回答は、あくまで本人の自己認知です。そして自己認知は、現在の職場から何をどの程度求められ、期待されているかによって影響を受けやすいです。つまり、「最善を尽くすこと」が求められている職場では高く申告され、求められていない職場では低く申告されるということが考えられます。このように顕在的動機は、本人の動機であると同時に、社会的な動機を含んだ得点として整理されます。
本研究は、上記の二つの水準の異なる動機の一致・不一致がワーク・エンゲージメントとどう関係するかを検証したものです。
まず、両得点をそれぞれ平均値で二分し、四象限に分類しました。注目すべきは、「潜在は高いが顕在は低い」で、達成20.6%、親和15.9%、権力36.5%。権力動機だけが突出しています(コクランのQ検定 p = .005。単純比較でも権力と達成 p = .024、権力と親和 p = .009で有意)。
ちなみに、逆向きの「潜在は低いが顕在は高い」層は、達成33.3%、親和30.2%、権力20.6%。二つの向きの差を取ると、達成は−12.7ポイント、親和は−14.3ポイントと顕在側に振れる一方、権力は+15.9ポイントで符号そのものが反転します。
達成動機に関わる目標達成や成果志向だけでなく、親和動機に関する協調や関係構築は、職場で規範的に承認される性質であり、だからこそ本人が持っている動機以上に高く申告されると考えられます。一方、他者に影響を及ぼしたり集団を強く方向づけたりする行動は、日本の職場文脈では敬遠されやすい可能性があります。乖離の向きの違いは、個人の性格の差というより、「どの動機であれば望ましいか」という社会的な規範や文化との関係を映していると考えられます。
ここで、実務の課題に接続します。
日本能率協会マネジメントセンターの調査(2023年)によれば、一般社員の77.3%が「管理職になりたくない」と回答しています。管理職の負荷増大は共通認識であり、これまで企業のアプローチは「いかに負荷を下げるか」に集中してきました。
しかし、一般的なアンケートで測れるのは「顕在的な動機」にすぎません。今回の研究結果が示す通り、権力動機は「内面に抱えていても申告されにくい」性質を持ちます。つまり、「なりたくない」という声は、必ずしも本人の動機の不在を意味しないのです。
同調査内にはこの見方を裏付ける興味深いデータが存在します。就任前は「なりたくなかった」にもかかわらず、就任後に「続けたい」へと転じた層が16.7%存在し、管理職全体の56.4%が「今の仕事が面白い」「続けたい」と回答しているのです。
「管理職になりたくない」という回答の裏には、動機の不在だけでなく、「表明の抑制」が関係しています。質問紙調査だけでは区別できないこの「隠れた動機」に光を当てることが、これからのマネジメント層育成の鍵となります。
ここが核心です。では、潜在的な動機と顕在的な動機は、それぞれどのようにワークエンゲージメントに影響するのでしょうか。本研究では、潜在的動機の水準(強弱)ごとに、顕在的動機がエンゲージメントに与える効果を分析しました(単純傾斜分析)。
潜在的動機が低い層(青):b = 0.17(p = .36、有意差なし)
潜在的動機が平均の層(黄):b = 0.59(p < .001)
潜在的動機が高い層(赤):b = 1.01(p < .001)
グラフが示す通り、潜在的な動機を強く持っている人(赤)は、顕在的な動機(横軸)が強くなればなるほど、ワークエンゲージメント(縦軸)が右肩上がりで高くなります。
実務の文脈において、顕在的な動機が高まる状態とは、「会社から役割を期待される」「マネジメントの重要性を自覚する」といった意識づけが機能している状態だと考えられます。つまり、潜在的な動機を持つ層に対しては、会社からの「期待」がエンゲージメントを劇的に引き上げる要因になる可能性があります。
一方で、潜在的な動機が弱い層(青)に対しては、いくら会社が「期待している」「役割を担ってほしい」と意識づけを行っても、エンゲージメントの向上には結びつきにくいことが読み取れます。
PSEが実務でほとんど使われてこなかった理由は採点コストです。コーダーの訓練だけで最低12時間、その後も100名分あたり20〜50時間の作業が発生します(Pang, 2010)。
Nilsson et al.(2025)は、訓練済みのコーダーが100名分(約2,500文)に20時間を要するのに対し、自動採点モデルは10分未満で完了すると報告しています。
弊社も日本語のPSE回答を対象としたBERTベースの自動採点モデルを三好氏と共同開発し、日本行動計量学会で報告しました(川上・三好, 2025)。今回の発表もこのモデルを用いています。今回の研究では、人的コーディングとの一致は、達成 r = .744、親和 r = .770、権力 r = .790。権力動機の交互作用は、自動採点(b = 0.392, p = .002)と人的スコア(b = 0.319, p = .008)の両方で再現されました。
回答者の負担は依然として小さくありませんが、採点コストは桁違いに下がりました。投影法の実用化のハードルが現実的に変わってきている、というのが大きな変化です。
手を挙げていないことが動機の不在を意味するとは限らず、手を挙げていることが動機の裏づけを保証するとも限りません。必要なことは二つあります。ひとつは「多面的にアセスメントする」こと。質問紙に加えて投影法のような手法を組み合わせ、申告の外側にいる層を人材プールとして把握する。もうひとつは「意識づける」こと。負荷を下げるだけでなく、他人に対する影響力を「求めてよい」と言える環境を設計する。この二つが揃ったときに、ワーク・エンゲージメントは立ち上がることが本研究から示唆されています。
本研究で確認されたのは、潜在的動機の高さそのものの効果ではありません。単独の主効果は検証したすべてのモデルで効果量が小さく有意ではなく、それだけではワークエンゲージメントに寄与しません。したがって、潜在的動機の測定を単独の選抜スクリーニングに用いることはできず、測ることと意識づけることは常に一組で設計する必要があります。
また本研究は63名を対象とした横断的・探索的な検討であることはもちろんのこと、目的変数はワークエンゲージメントです。管理職としての成果や適性を測ったものではなく、因果の方向も特定できていません。また、本人が自覚していない動機を扱う以上、目的の明示と同意、価値中立的な伝え方が前提となります。まずは、登用の「基準」ではなく、登用プロセスを設計し直すための「視点」としてお読みいただければ幸いです。
川上将司・三好康祐(2025)Picture Story Exercise(投影法)における BERT を活用した採点自動化の試論. 日本行動計量学会大会抄録集, 53, 214–215.
McClelland, D. C., Koestner, R., & Weinberger, J. (1989). How do self-attributed and implicit motives differ? Psychological Review, 96(4), 690–702.
Nilsson, A. H., et al. (2025). Automatic implicit motive codings are at least as accurate as humans' and 99% faster. Journal of Personality and Social Psychology.
Pang, J. S. (2010). Content coding methods in implicit motive assessment. In O. C. Schultheiss & J. C. Brunstein (Eds.), Implicit motives. Oxford University Press.
日本能率協会マネジメントセンター(2023)管理職の実態に関するアンケート調査(管理職1,072名/一般社員1,116名、2023年4月実施)