人事部の資料室

ダブルチェック・トリプルチェックは絶対ではない 「リンゲルマン効果」の存在を知ろう

作成者: e-falcon|2023/11/12

「ダブルチェックしたはずなのに」。
それでもミスが生じた時、これ以上どうすれば良いのか?と考えてしまう人は多いことでしょう。

ダブルチェックはミス防止のひとつの手段です。
では一人増やしてトリプルチェックにすればよいのか?
いえ、それは悪循環に陥ります。

ひとつの作業に関わる人の数が多ければ多いほど人は手抜きをする、という「リンゲルマン効果」というものがあるのです。

マイナカード誤交付「ダブルチェック徹底されていなかった」

最近、マイナンバーカードの交付にあたってさまざまな問題やミスが発覚しています。

そのうちのひとつとしては、宮城県大崎市の事例があります。
他人の顔写真が貼られたマイナンバーカードを交付するミスが2020年度に1件、2022年度に3件あったというのです*1。

大崎市は「申請が混み合い、ダブルチェックが徹底されていなかった」と説明しています。

いやいやさすがに顔写真ともなれば渡す時に気づくのでは?と筆者は思ってしまいますが、それでもミスは起きたのです。保険証との紐付けをしないと損をする、という報道もあるさなか、担当者が激務になっていた可能性は否定できません。

ではトリプルチェックの体制を取っていればよかったのでしょうか?
実は、そうとも言い切れません。

ダブルチェック・トリプルチェックで本当にミスは防げるか

ミス防止のためにダブルチェックを取り入れる企業は多いことでしょう。
人員が足りるのならトリプルチェックまでしたい、とも考えてしまうでしょう。

しかし、トリプルチェックには大きな落とし穴があります(図1)。

(出所:「ヒューマンエラーの仕組み<基礎編>」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/syouan/hyoji/kansa/attach/pdf/kansa_kenshu-6.pdf p7


「ダブルチェック以上のチェックなので問題はないだろう」という思い込みが各人に生じてしまうのです。
そして上の図にあるように、どこかしら他人任せにしてしまう「甘え」が全員に生まれ、結果としてチェックミスが起きてしまうというものです。

チェックが多重化するにつれ、こうしたエラーの検出率は下がることもわかっています(図2)。

(出所:松村由美「ダブルチェックの有効性を再考する」四国厚生支局資料)
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/shikoku/kenko_fukushi/000085434.pdf p34


1人1人の責任逃れの度合いが強くなっていくため、とも考えられます。

「リンゲルマン効果」「社会的手抜き」とは

集団で作業をするとき、人数が多ければ多いほど1人あたりのパフォーマンスは劣化していく、ということを100年ほど前に発見した人がいます。

フランスの農学者リンゲルマンは、綱引きにあたっての1人あたりのパフォーマンスを数値化するという実験を行いました。
その結果、人数が増えれば増えるほど1人当たりが発揮する力は下がっていき、1人のときのパフォーマンスを100とすると、8人になったときには49つまり半分以下にまで低下していたのです(図3)。

(出所:松村由美「ダブルチェックの有効性を再考する」四国厚生支局資料)
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/shikoku/kenko_fukushi/000085434.pdf p35


このように、作業人数が多ければ多いほど1人あたりのパフォーマンスが下がっていく現象は「リンゲルマン効果」と呼ばれています。

ただ、綱引きの場合はそれぞれが全力で引っ張るタイミングがずれてしまう可能性があるとして、その後社会心理学者ラタネらは、異なる方法で実証実験を行いました*2。

ラタネらは6人の被験者に、誰と一緒にいるか見えないように目隠しとヘッドホンをつけさせて、大声を出すあるいは拍手をしてもらい、その音圧を計測しました。参加する被験者を1人、2人、4人、6人全員へと増やしていくと、人数が増えるにつれて1人あたりのパフォーマンスは明らかに低下したのです。
そして実際には1人で音を出しているにもかかわらず、他の人と一緒にやっていると信じさせられた人もパフォーマンスが低下することを確認しました。

「誰かと一緒にやっている」と意識すると1人あたりのパフォーマンスが低くなる、この現象をラタネらは「社会的手抜き」と名付けました。

脳はケチになる

また京都大学大学院の松村由美教授は、「脳がケチになる」現象について指摘しています*3。

人間の認知システムには2種類があります(図4)。

(出所:「人はなぜミスをしてしまうのか 人間工学の見地から病院業務における確認作業を再考する」医学書院)
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3433_01


2つの認知システムについて、早稲田大学理工学術院の小松原明哲教授はこう説明しています。

システム2認知はさまざまな可能性を吟味し意識して判断するタイプの認知形態であり、エラーは生じにくいけれども認知負荷が大きく時間もかかるので、人は避けようとします。それゆえ代表的な情報のみで直感的に判断を行うシステム1認知に頼り、物事をどんどん進めるのが人の認知形態の基本とも言え、結果、確認が形だけになってしまうのです*4。

そして前出の松村教授は、あるベテランのミスについてこのような考察を述べています。業務への慣れがあるベテランが陥った事故を挙げています。

昔、点滴投与時に、患者ラベルと注射ラベルをバーコード認証システムに読み込んだ際に不一致を示す「×」マークが出ていたものの、流れるように作業し投与してしまった、というベテランが起こした事故がありました。何百、何千と問題なくこなしてきた経験があることから、×マークは目に映れど、心ここにあらずだったのでしょう。きちんと認識しながら判断を下していれば事故にはならなかったはずですが、その都度、確認を丁寧に行っていると脳が疲弊してしまうために、効率よく作業する代償として確認の過程が飛ばされたのだと考えます。私はこの状態を「脳がケチになる」と表現しています*5。

効率を重視するあまり認知システム1に移行しやすくなってしまい、見落としなどが生じやすくなるというわけです。

ここにリンゲルマン効果や社会的手抜きが重なれば、チェック作業がより緩慢になることは想像に難くありません。

そして小松原教授は、多忙になればなるほど取り返しのつかない状況になっていくことを指摘しています(図5)。

(出所:「人はなぜミスをしてしまうのか 人間工学の見地から病院業務における確認作業を再考する」医学書院)
https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3433_01


よって、従業員がしっかりと頭を働かせる認知システム2を維持できるような環境作りが必須です。

取捨選択の必要性も

もちろん、チームワークによる仕事が悪いというわけではありません。メンバーそれぞれが助け合う、補い合うことは必要です。

そして、リンゲルマン効果や社会的手抜きを生じさせないためには、それぞれに目の前の業務の意義をしっかりと感じさせることが重要だと筆者は考えます。

単純作業であればあるほど、どうしても飽きや疑問が生じがちです。よって飽きさせない、モチベーションを維持するためには何が必要か。それは自分の仕事の重大さを自覚させることでしょう。

AIとの協業といったことも考えられます。人間は思い込みを持ったり飽きたり疲れたりしますが、AIにはそれがありません。

また、人手が減る中では、チェックすべき対象の取捨選択というのもひとつのやり方です。リンゲルマン効果や社会的手抜きの実験では、人数が少ないほどパフォーマンスを発揮しやすいという結果が示されています。

これに対し、極端な事例かもしれませんが、京大病院では患者に内服薬を渡す際のダブルチェックをやめシングルチェックに変更しました。それでもインシデントの報告数に大きな違いは見られなかったというデータが得られています(図6)。

(出所:松村由美「ダブルチェックの有効性を再考する」四国厚生支局資料)
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/shikoku/kenko_fukushi/000085434.pdf p58


チェック要員が減ることで個人の注意深さが引き出された結果と考えられます。

人間に100%を求めるのは難しいことです。
ミスは必ず起こるものとして、それをいかに軽減するか、どうやって影響を最小限にするかを考えることもまた重要です。

また、ミスの発覚は、隠れていたリスクを洗い出すチャンスだと捉える考え方もあります。
ミスの発生を、従来の方法が本当に適切だったかどうかを議論する場所へと繋げいくことも必要なのです。