田中:
宇田川さん、今日はよろしくお願いします。宇田川さんは、米国ソフトウェア企業でヒューマンキャピタルマネジメント製品開発に携わり、Workdayでは日本におけるHCM製品の戦略、導入・定着、カスタマーサクセスを統括し、日本企業の人事変革を現場から支援し、世界のタレントマネジメントの最前線を創ってこられました。
そんな宇田川さんの目から見て、今の日本企業が直面している課題や、これから向き合うべき本質について、ぜひお話しいただけますか?
宇田川氏:
よろしくお願いします。アメリカでタレントマネジメントのシステムが生まれて約30年になりますが、その中核は常に「適材適所の最適化」にあります。究極的には、経営戦略と人の配置をどう結びつけ、マッチングの精度をいかに高めるかという点に本質があります。この適材適所を考える際、私は「4つのB」という視点を提唱しています。
適材適所を支える4つの要素
Buy(採用):即戦力の中途採用か、育成前提の新卒採用か。
Build(育成):将来必要な人材を逆算して育て上げる。
Borrow(借用):人事異動や兼務、あるいは外部コンサルタントの活用。
Bot(自動化):人間がやっている仕事をAIなどで自動化していく。
これらを組み合わせて最適化を進めるのがタレントマネジメントですが、これをテクノロジーで実現しようとすると、「人と仕事を共通言語で可視化する」という考え方が避けて通れません。アメリカの場合、人は「職務経歴書(CV)」、仕事は「職務記述書(JD)」という土台があるため、スキルという共通言語でつなぐアプローチが合理的に機能します。
しかし、この前提がないままアメリカ流を導入しようとすることが、日本企業にとっての第一の課題となります。
宇田川氏:
日本企業がジョブ型になれない最大の理由は、個々のジョブ定義の有無以前に、「組織設計の思想」がアメリカと日本では違う点にあります。アメリカ企業では、経営戦略に基づき事業責任者がジョブを定義し、それを実行単位に分割して役割と責任を明確にします。
この「実行するために組織を設計する」思考がなければ、タレマネを導入する意味はほとんどありません。
ジョブへの移行が難しいために「せめてスキルだけでも可視化しよう」という発想になりがちですが、これも二つ目の課題です。スキルさえ可視化すればうまくいくというのは一種の幻想です。
今の仕事で使われているのが外部からは価値が見えにくい「社内専用のスキル」だけかもしれませんし、それでは本当のタレントマネジメントには不十分だからです。
さらに、若手と中堅では前提条件が全く異なります。アメリカでは若手も実務スキルを持って入社しますが、日本の若手はポテンシャル採用であり、明確なスキルはまだ少ない。一方で日本の中堅社員は、経験は蓄積されているものの、それを「言語化して活用する」経験が不足しています。自分の市場価値を言語化したことがない中堅社員に対し、若手と区別せず一律にスキルの可視化を進めれば、正しい可視化ができないだけでなく、社員に不安や疑念を抱かせる結果になってしまいます。
宇田川氏:
スキルの市場価値が可視化されると、「優秀な社員から辞めていく」という副作用が起こります。このリスクに対処するために進化したのが、「ピープルイネーブルメント(社員のできる化)」という考え方です。「この会社にいれば自分は力を発揮でき、成長できる」と実感してもらう環境を作ることで、給料だけではない繋ぎ止めが可能になります。これには次の4つの要素の連動が不可欠です。
ピープルイネーブルメントを構成する4つの要素
適材適所:強みを生かせる職場に配置されていること。
エンゲージメント:情熱を持って生き生きと仕事に没頭できる状態。
能力開発:必要な学習機会が簡単に手に入ること。
エンパワーメント:現場の社員が自律的に意思決定を許容されていること。
日本企業でもエンゲージメントや教育制度は進んでいますが、残る「適材適所」と「エンパワーメント」を推進することが「できる化」の鍵となります。
宇田川氏:
最後に、日本企業がどう動くべきか、私なりの「別解」を提案します。
いきなりジョブ型に振り切らない
まずは新規事業やプロジェクト単位から、役割と責任を明確にする組織設計の思想を取り入れ、試験運用することをお勧めします。
中堅層のスキルを丁寧に言語化する
若手と一括りにせず、中堅層が持つ経験を丁寧に言葉にしてあげることで、実際の適材適所が動き出します。
「組織」という単位で人と組織の適合度を可視化する
人と人との関係性や協調性を重視する日本企業の強みを活かし、データを用いて「人と組織の適合度」を可視化することです。
個人のパフォーマンスを最大化させるには、単なるスキルの合致だけでなく、その人が心地よく動ける「組織文化」や「周囲との関わり方」への深い理解が欠かせません。こうした目に見えにくい要素を具体化する上で、251問という多角的な設問から個の特性を詳細に把握できる適性検査eF-1Gのパーソナリティデータは、極めて有効な判断材料になると考えられます。パーソナリティデータを活用することで、表面的なマッチングに留まらない「組織文化への適合」や、現場レベルでの「個別の支援設計」までも導き出すことが可能になると思います。
データを「評価や処遇」のために使わない
これが一番重要です。集めたデータを決して「評価や処遇(給料を決めること)」のためだけに使わない、ということです。
世の中には「パフォーマンスマネジメント」と「タレントマネジメント」という言葉がありますが、これらは明確に目的が異なります。
特にこれからはAIの活用が進みます。AIはあくまで「提案」をするだけで、最終的な「決定」を下すものではありません。会社が「AIのデータは評価には使わない」と明言することで現場の心理的安全性が生まれます。この安全性が担保されて初めて、AIのリコメンドを「自分の可能性を広げるための補助」として前向きに受け入れ、社員がより良い意思決定をしていけるようになるのです。
【セミナーレポート後編に続く】
後編では、本セッションの内容を踏まえたパネルディスカッションと、質疑応答の様子をお届けします。
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