人事部の資料室

【セミナーレポート】タレントマネジメントを単なる管理で終わらせない。人的資本経営を加速させる「ピープルイネーブルメント」への転換(後編)

作成者: e-falcon|2026/04/07

2.パネルディスカッション:日本企業におけるHRデータの活用戦略 

1.「ピープルイネーブルメント」「社員のできる化」の解像度を高めたい

田中:
ここで改めて、従来のタレントマネジメントと、このピープルイネーブルメントでは、具体的に「人に対しての向き合い方」や「アクション」においてどのような違いがあるのか、解像度を高めていきたいと思います。

宇田川氏:
そうですね、従来のタレントマネジメントというのは、もともと30年ほど前にアメリカで生まれた考え方で、基本的には目標管理であるとか、後継者育成計画、あるいはハイポテンシャル層の管理といったものから始まりました。その中核にあるのは、パフォーマンス(実績)を正しく測り、それを報酬や処遇につなげることでビジネスを伸ばすという、管理側の視点が強かったんです。

しかし、今は変化が激しすぎて、過去の経験が必ずしも将来の成果を保証しません。人事評価において、フィードバックはするけれど点数はつけない「ノーレーティング」という手法が広がっているのも、将来の不確実性が高まる中で、従来の評価だけでは十分でない、という認識が広がってきた結果だと思います。

そこで重要になるのが「ピープルイネーブルメント」です。これは評価(過去を裁くこと)とは切り離して、社員のポテンシャル(未来)に投資し、成果を出せる状態を整えるという考え方です。

アクションとして決定的に違うのは、可視化した後に「その社員がどうすれば今の会社で頑張りたい、成果を出したいと思えるか」という支援の視点を持つことです。今の時代、スキルが可視化されれば、優秀な人材には外部からどんどん声がかかります。ですから、会社側は「今の会社にいることが、自分にとって最も能力を発揮でき、成長につながるんだ」と社員に実感させなければなりません。この「会社の中を、魅力的な転職サイトの宣伝に打ち勝つくらい魅力的にしていく」というアクションこそが、ピープルイネーブルメントの核になります。

ただ単にスキルを並べるのではなく、そのデータを使って「こういうところを活かして、次はこういう挑戦をしてみないか」と、個人の未来に向けた対話ができるか。この向き合い方の変化こそが、解像度を高めるポイントだと思っています。 

2.「ピープルイネーブルメント」の実効性を高める上で適性検査で取得できるパーソナリティデータはどのような役割を担えそうか?

田中:
スキルを「会社が管理・検査するもの」ではなく、世の中の変化に合わせて「本人が自律的に磨くためのインフラ」としてデータを使うというお話がありました。そうなると、スキルの裏側にある「その人の性質」、つまり我々が提供しているようなパーソナリティデータが、人と組織の関係性を作る上で重要になると考えています。

具体的には、個人と環境の適合を見る「P-Eフィット」という考え方で、以下の4つの視点を重視しています。

  • 組織との適合(P-OFit):会社の理念や文化に合うか。

  • 集団との適合(P-GFit):配属されるチームの雰囲気やルールに合うか。

  • 上司との適合(P-SFit):上司のマネジメントスタイルと合うか。

  • 職務との適合(P-JFit):具体的な仕事の内容が本人の資質に合うか。


こうした多角的な「相性」をデータで可視化することは、ピープルイネーブルメントにおいてどのような役割を果たすと思われますか。

宇田川氏:
まさにそこは、ピープルイネーブルメントの注力点の一つだと思います。アメリカの場合、社員が辞める一番の理由は「上司との折り合い」や「同僚との人間関係」です。ですからアメリカでは、直属の上司が採用に強く関与し、チームとの相性も重視されます。

結局、給料などの条件だけでなく、「このマネージャーと一緒に仕事を続けたい」「今のチームと一緒に仕事を続けたい」と思えることが、非常に大きなモチベーションの源泉になります。

日本企業は伝統的に、人と人との関係性や協調性を重視してきましたが、これまではそれが良くも悪くも「阿吽の呼吸」に頼っていました。そこをパーソナリティデータでしっかり可視化して、「この人とはこういう関わり方をすればエンゲージメントが高まる」という風に、関係性を強化するためのエビデンスとして使う。これは、日本企業の強みを活かしたピープルイネーブルメントとして、非常に有効なアプローチになるはずです。 

3.「中堅層のスキルを丁寧に定義」することが、なぜ日本企業におけるピープルイネーブルメント、「できる化」につながるのか?

田中:
三つ目のテーマですが、キーノートでもお話しいただいた「中堅層のスキルを丁寧に定義する」という点について。なぜここが、日本企業において「できる化」に直結する重要なポイントになるのでしょうか。

宇田川氏:
先ほども申し上げた通り、日本の中堅層の方々はみんな素晴らしいスキルを持っているはずですが、それを「可視化する術」を持っていないことが最大の問題なんです。

これまでジョブ型ではなかった日本企業では、スキルを言語化しなくても仕事が回ってきました。そのため、中堅社員自身が「自分の持っている市場価値」を言葉にできません。自分の価値が言葉になっていないと、本人は「今の会社、今の場所でしか通用しない人間なんだ」と思い込み、無意識に守りに入ってしまいます。これが自律性を阻害する大きな要因になっています。

だからこそ、人事がインタビューやコーチングを通して、彼らの経験を「丁寧に」言語化してあげることが必要です。単に「自分のスキルを書け」という指示ではなく、対話を通じて強みを引き出す。そうして自分の価値が客観的なデータとして言語化されると、本人は「自分にはこんな強みがあるんだ」「このスキルを使えば、あっちの部署でも貢献できるかもしれない」と自信を持てるようになります。

自分の価値を正しく認識することで、初めて「次はこれをやってみたい」という自律的な意欲、つまり「できる化」のサイクルが回り始めるのです。中堅層を単なる「ベテラン」として固定するのではなく、彼らのポテンシャルを再び解き放つためのインフラとして、データの活用と丁寧な言語化が不可欠なのです。 

質疑応答

1.エンパワーメント(権限移譲)は、具体的にどう「できる化」に繋がるのか?

田中:
視聴者の方から質問をいただいています。「4つの要素の中で、エンゲージメントや能力開発が大事なのは分かるが、エンパワーメント(権限移譲)がなぜリテンションや『できる化』に繋がるのか、その実感が湧きにくい」というご質問です。宇田川さん、ここはいかがでしょうか。

宇田川氏:
そうですね。究極的な目的は「適材適所の最適化」、つまり組織としての効率を上げることなのですが、効率だけを追求しすぎると人は離れてしまいます。私は、エンゲージメント、能力開発、そしてエンパワーメントの3つはすべて同列で、これらは「リテンション(繋ぎ止め)」のための要素だと考えています。

自分の仕事の進め方を自分で決められる権限がある(エンパワーメント)、そのための教育機会が整っている(能力開発)、だから意欲が湧く(エンゲージメント)。これらが揃って初めて、社員は「この会社にいれば自分は力を発揮でき、成長し続けられる」というメリットを感じます。

特に教育について言えば、これからは会社が無理やり受けさせるのではなく、タレントマネジメントシステムと連動させて、「あなたが将来この職種に就きたいなら、このスキルが足りないので、このトレーニングを受けてみませんか」とAIがレコメンドするような、自律性を支える仕組みが必要です。自分で選んで成長できる環境、これこそがエンパワーメントによる「できる化」の本質です。 

2.スキルの自己申告における「過大評価・過小評価」にどう向き合うべきか?

田中:
もう一つ、非常に現実的な質問です。「スキルの可視化を自己申告で行うと、人によって過大に付けたり過小に付けたりして、データの信頼性が担保できないのではないか」という懸念についてはどう思われますか。

宇田川氏:
ここが、先ほど申し上げた「評価や処遇にデータを使わない」という点に繋がります。評価(給料)に直結するとなれば、誰だって自分を過大に見せようとします。逆に、評価と切り離されていて、自分のキャリアを支援するためのものだと分かれば、正しく申告するインセンティブが働きます。

また、AIの活用も有効です。本人の過去の経歴や成果物から、AIが客観的に「あなたのスキルはこれくらいですね」と判定する。もし本人の認識とAIの判定がズレていれば、そこが上司との対話のポイントになります。「あなたはこう思っているけれど、データや周りからはこう見えているよ」という対話のきっかけにデータを使う。
検査ではなく「対話のためのエビデンス」として捉えることが、データの信頼性を高める有効なアプローチの一つだと思います。 

最後に

田中:
宇田川さんから視聴者の皆様にメッセージをいただけますでしょうか。

宇田川氏:
今回はアメリカの最前線の話もしましたが、決して「アメリカが正解で、日本は遅れているから追いつこう」という話ではありません。日本企業には、長年培ってきた「人と人との関係性」や「中堅層の厚み」という素晴らしい強みがあります。これらを可視化し、最新のテクノロジーを「社員を管理するため」ではなく「社員が輝くためのインフラ」として使いこなすことができれば、日本独自の「別解」としてのピープルイネーブルメントは必ず実現できます。

データの主権を社員に戻し、会社がその自律を支える。このパラダイムシフトを、ぜひ皆さんの現場から始めていただければと思います。

田中:
ありがとうございます。私たちイーファルコンも、宇田川さんにいただいた「ピープルイネーブルメント」という視点を大切に、データを通じて一人ひとりが生き生きと働ける環境作りをサポートしていきたいと思います。