ホラクラシーの手法に学ぶ 社員が離職しない職場でやっていること

    社員の離職に悩む会社は多いのではないでしょうか。
    若年層の転職には自己都合によるものが多いという気になるデータもあります。*1

    一方、ホラクラシーを導入したことで有名なアメリカの通販アパレル会社「ザッポス」では、本格的な自己管理組織に移行する際に、賛同できない社員には退職ボーナスを提示し、退職を促しました。*2
    それは破格の提示額でしたが、それでも新方針に反対して辞めたのは全体の3%にすぎませんでした。また、その後、多くの社員が同社に復帰したということです。

    ホラクラシー型組織のどこにそのような魅力があるのでしょうか。
    本稿では、先進的な組織の取り組みから、社員が定着を望む職場の在り方を探ってみたいと思います。

    最近の転職率と離職理由


    転職率

    厚生労働省の「令和2年転職者実態調査の概況」によると、2020年の転職率は7.2%ですが、気になるのが前の勤め先を辞めた理由です。*1

    転職者が直前の勤め先を離職した主な理由では、「自己都合」の割合が最も高く、さらにその割合は39歳までの若い年齢層では80%以上に上っているのです(図1)。


    参考:厚生労働省(2021)「令和2年転職者実態調査の概況」p.18を基に筆者作成
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/6-18c-r02-gaikyo.pdf

    離職原因

    次に同資料から、上でみた自己都合による離職理由を具体的にみていきます。*1

    自己都合による離職理由のうち最も割合が高い順から、男性は「満足のいく仕事内容ではなかったから」28.4%、「労働条件が(賃金以外)がよくなかったから」28.3%、「会社の将来性に不安を感じたから」27.5%となってます。

    女性は「労働条件(賃金以外)がよくなかったから」28.1%、「人間関係がうまくいかなかったから」25.4%、「満足のいく仕事内容でなかったから」22.8%です。

    どれも気になる理由ですね。
    これらの辞職理由を押さえた上で、こうした問題に関連した、自主管理組織の取り組みをみていきましょう。

    役割分担の方法


    まず、ホラクラシーについて基礎的なことを押さえておきます。

    組織が自主管理するための方法はさまざまですが、そのうち規模の大小を問わず、世界中の組織で採用されている運営モデルがホラクラシーです。*3、*4
    ホラクラシーは組織のオペレーティングシステムのようなものです。

    一方、その「入れ物」となるのが自主管理組織で、その最も進化したものが「ティール組織」です。*2 

    ただし、ホラクラシーを取り入れている組織がみな同じような運営をしているわけではなく、実験や試行を繰り返しながら、業種や職種、企業文化に適合した運営方法を柔軟に編み出しています。

    基本単位はチーム

    ホラクラシー型組織では、「サークル」と呼ばれるチームが基本単位です。*5
    例えば、冒頭でふれたザッポスは、ホラクラシー導入前に150あった課が、導入後には500のサークルに進化しました。
    社員は通常、さまざまなサークルに属し、複数の役割を担います。

    もし組織のニーズが変化したと社員が認識すれば、その都度、サークルを結成したり解散したりします。
    こうしたサークルの結成、変更、解散には「憲法」と呼ばれるガイドラインがありますが、憲法には大まかなルールが示されているだけで、どのようなやり方でタスクを遂行するかはサークルが決めます。

    自主的に手を挙げる

    ティール組織ではたいていは自然発生的に役割が生まれます。*3

    例えば、「特定製品の技術データについて、顧客から問い合わせが絶えない」と受付係が気づき、自社のウェブ・サイトにそのデータを掲載したらどうか、と考えたとします。
    すると、受付係は製品開発担当とアフターサービス担当に相談し、その相談の中で、誰かが自主的に手を挙げて、その役割を引き受けるのです。

    従来の階層型の組織では、各担当や縄張りがあるため、こうした問題が持ちあがると「どの部門が担当すべきか」「予算や人材配置はどうするか」等々をめぐってちょっとした騒ぎが起こり、多くのミーティングが開かれることになるでしょう。
    しかし、自主管理組織では、誰かが率先してその役割を引き受けます。

    役割分担を文書化し、よりフォーマルなプロセスを踏む企業もあります。
    世界最大のトマト加工業者「モーニング・スター」の方法をみてみましょう。*3、*5

    モーニング・スターの社員は、社内の適任者と協議しながら、自分が約束した役割をすべて「CLOU(同僚たちへの覚書)」に書き出します。
    その役割は非常に具体的で、社員は20~30の役割を担うことになります。例えば、積み下ろし場所でトマトを受け取る、季節従業員向けにトマトの皮むきの指導役を引き受ける、などです。

    CLOUは1年に1回書き直すことになっていますが、スキルが向上したり興味が変化したりした場合には、同僚の承諾が得られれば、いつでも内容を書き換えることができます。

    一方、同じティール組織でも、オランダの在宅ヘルスケア非営利団体「ビュートゾルフ」では、上のように細かく自分の役割を書き出しませんし、自分自身の実績評価や目標も定めません。
    なぜなら、看護師という職種上、常に変更や柔軟性が求められるからです。

    モーニング・スターのように薄利多売のビジネスでは、利益率を1~2%高めるための継続的な改善努力が必要で、そのために、それぞれの社員が役割を細かく決め、作業の成果を綿密に追跡することが有益なのです。

    さらに大切なのは、自主管理組織には階層がないため、必然的に昇進もないことです。組織内で出世競争は起こりません。
    ただし、同僚たちから新しい役割を任せられれば自分の仕事の幅を広げ、給料を増やすことができますし、スキルを磨き、同僚の信頼を集め、有能な社員になれば、重要な役割を担うことも可能です。

    信頼による統制


    信頼がもたらすもの

    企業側からの規制が少ない自主管理組織は、どのようなメカニズムで統制されているのでしょうか。
    フランスの金属メーカーFAVIのエピソードをみていきましょう。*3

    FAVIも以前は階層型の組織で、工場には作業係長、課長、製造部長が存在していました。しかし、現在は15名から35名で構成された多くのチームがあり、中間管理職はいません。
    人事部、企画部、スケジュール管理部、技術部、製造用IT部、購買部は全て閉鎖され、そうしたスタッフ機能は各チームの業務となっていて、ルールはすべてチームが自主的に決めます。

    同社では、社員を「正しいことができる道理をわきまえた人間」として信頼しています。こうした大前提があるため、ルールも統制メカニズムも必要ないのです。

    同社はジャン・フランソワ・ゾブリスト氏がCEOに就いてから急速に自主管理組織へと変化しました。
    ゾブリスト氏は、就任するといきなりタイマーを取り外し、生産ノルマを撤廃しました。すると、大方の予想に反して、逆に生産性が上がったのです。

    その結果にゾブリスト氏自身が驚き、工場の作業員にその原因を尋ねました。すると、作業員たちは次のように説明しました。

    機械を動かすには、身体に最も負担にならない最適な心理的リズムがある。しかし、時間ごとの目標値が決められていた以前の管理体制では、そのリズムを敢えて崩し、いつも意図的に仕事のペースを緩めていた。そうすれば、経営陣が目標を引き上げたときにも、少し余裕ができると考えたからだ。

    作業員たちは長年にわたって体力的にも精神的にもクタクタになるようなハイペースでの仕事を強いられていたので、皮肉にも、伸び伸び働いていれば達成できていたはずの生産性を下回っていたのです。

    さらに、予想しなかった変化もありました。
    タイムカードで管理していた時には作業時間が終わるとすぐに機械を離れていた作業員たちが、やり始めた仕事が終わるまで、必要だと判断すれば進んで現場に残るようになったのです。

    その理由を尋ねると、作業員たちはこう答えました。
    「以前は給料をもらうために働いていましたが、今は自分たちの仕事に責任感を抱き、仕事をきちんと仕上げることに誇りをもっているんです」

    信頼の見返りとしての責任

    FAVIだけでなく、自主管理組織では、信頼を裏切るような行為はめったに起こらないといいます。*3

    信頼されることには責任が伴います。
    もしこのシステムを悪用して自分の分担に責任をもたなかったり、サボったりする人がいたら、チームの仲間たちからすぐに「そういうことはやめてほしい」と言われます。

    他人を見習う習慣と、同僚からのプレッシャーが、経営システムや管理統制システムよりずっと確実にシステムを統制するのです。

    紛争の解決

    ただ、どのような組織であれ、人間の集団にはさまざまな緊張や軋轢や衝突が生じます。
    では、自主管理組織は社員間での「紛争」にどう対処しているのでしょうか。

    自主管理組織では、意見の相違があった場合、紛争解決プロセスを通じて、社員間で解決を図ります。その方法については、多くの組織が新入社員全員に教育訓練を実施しています。*3

    モーニング・スターの解決プロセスをみてみましょう。

    ・まずは直接会って、当事者間での解決を目指す。相手にお願いしたいことを明確に述べ、相手側はその要請に対して明確に答えなければならない。
    ・ 当事者だけでは解決策がみつからなかった場合には、2人が信頼できる別の同僚を調停者に指名する。調停役は2人が合意点を見いだせるようにサポートするが、解決策を強制することはできない。
    ・ 調停がうまくいかなかった場合、その問題に関係のある同僚たちが委員会を組織して、さらに合意形成をサポートする。その際、どんな判断も強制することはできないが、紛争解決に向けての倫理的な重みはもつ。
    ・ 最終段階では、倫理的な重みを増すために、CEOが委員会に呼ばれることもある。

    すべての関係者には問題が解決した後も、秘密を守ること、当事者には他人に支援を求めて敵対的な派閥を作るようなことはしないことが求められます。

    ちなみに、解雇に関しても同様のプロセスを踏みます。
    会社が最も大切にしている価値観をある社員が壊してしまったとき、その人に辞めてほしいと他の社員が依頼したときに、このプロセスが始まります。

    明確に規程された解決プロセスがあれば、必要なときに安心して「対決」できるという側面はあるものの、自己管理組織においても社員間で問題解決を図るのは簡単なことではないようです。

    もし、心理的安全性が確保され、意見を率直に言い合えるような文化が職場にあり、さらに意見の不一致を大人の態度で処理できるスキルや方法を身につけていれば、上のようなプロセスが有効に働く可能性があります。

    丸ごとの自分として働く

    仮に階層がなくても、職場にい続けることは辛いことかもしれません。
    自ら仮面をつけ、自分らしさの多くを家に置いてくる―職場で完全に自分らしくいることはなかなか難しいことです。

    しかし、自主管理組織では、人間性を仕事に呼び込み、誰もが自分らしくいられる職場を目指します。
    その方法は実に素朴で、例えば、子どもや犬を職場に連れて行くことなどです。
    保育所から子どもたちの声がオフィスまで届き、子どもと一緒にランチを食べます。
    単に同僚としてではなく、子どもや犬に深い愛情を示す人としてそこにいることが、職場の人間関係を根底から変化させるのです。

    職場でのいづらさはどこから来るのでしょうか。
    それをもう一度見つめ直し、ホラクラシーの手法に目を向けることで、社員が定着する職場の在り方が見えてくるのではないでしょうか。

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    著者:横内美保子
    博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
    高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。
    パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

    *1
    厚生労働省(2021)「令和2年転職者実態調査の概況」p.6、p.18
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/6-18c-r02-gaikyo.pdf

    *2
    トニー・シェイ、ザッポスファミリー、マーク・ダゴスティーノ 著 本庄修二 監訳、矢羽野薫 訳(2020)『ザッポス伝説 2.0 ハビネス・ドブリン・カンパニー』ダイヤモンド社(電子書籍版)p.229、p.235、p.237、p.230

    *3
    フレデリック・ラル―著、鈴木立哉 訳(2018)『ティール組織 マネジメントの常識を覆す
    次世代型組織の出現』英治出版社(電子書籍版)No.3307-3378、No.2104-2120、No.2269-2303 N0.3235-3244、No.3272-3306、No.3717-3742、No.4147-4169
    No.1638-1643(「モーニング・スター」の説明)、No.1609-1620(FAVI・ビュートゾルフの説明)

    *4
    Zappos INSIGHT “Holacracy and Self-Organization>Then, What Is Holacracy?”
    https://www.zapposinsights.com/about/holacracy

    *5
    イーサン・バーンスタイン、ジョン・バンチ、ニコ・キャナー、マイケル・リー 著 倉田幸信 訳(2017)『ホラクシーの光と影』(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー論文)pp.17-18