現代の人材戦略とマネジメントを「ポストフォーディズム」の本質から紐解いてみよう

    現代の生産体制は「ポストフォーディズム」と呼ばれます。

    第二次産業革命での大量生産・大量消費の時代が終わり、ただ決められた時間に決まった通りに体を動かしていればいい、という働き方ではなくなりました。また、ICT技術の進化によって働く場所もフレキシブルになり、かつてとは全く異なる労働環境にあるといえます。

    それに伴って、労働力の管理方法も当然変化しています。さまざまなモチベーション理論が生まれ、また、メンタルヘルスも大きな問題になってきました。

    ここで、現代の労働の形である「ポストフォーディズム」の本質をご紹介したいと思います。マネジメントに役立ててください。

    「フォーディズム」と「ポストフォーディズム」


    「ポストフォーディズム」とは、文字通り「フォーディズム」に代わる新しい時代であることを指します。

    「フォーディズム」とは自動車メーカーの「フォード」に由来する言葉で、1900年代前半にフォードが採用した生産システムからついた名前です。

    それまで自動車は貴族や特権階級のためのものであり、アメリカでは多くのメーカーが注文生産方式を取っていました。しかし広大な国土を持つアメリカでは自動車が馬車に変わる移動手段として求められ、そこに誕生したのが「T型フォード」です。

    ヘンリー・フォードは大量生産によるコストダウンで庶民にも普及させるため、自動車メーカーとしては史上初のベルトコンベアラインを確立しました。
    部品は共通化され、労働者の仕事は流れ作業へと変化しました。

    その結果、1台あたりの生産時間はそれまでの約12時間半から約1時間にまで短縮されました*1。そしてT型フォードは販売価格を下げることに成功し、同時に販売台数を大幅に伸ばしていきます。
    「T型フォード」の販売台数と価格の推移
    (出所:「2017年 国土交通白書」国土交通省)
    https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h28/hakusho/h29/pdf/np101300.pdf p28


    第二次産業革命による大量生産・大量消費時代の到来を象徴する出来事でもあります。

    フォーディズム下での労働者とマネジメント

    フォーディズムは労働者から熟練化や自律性を奪うものでした。しかし生産性の上昇に合わせた実質賃金と福祉国家による所得の社会化を対価にして、労働者はこうした「労働の脱人間化」を受容していたといいます*2。
    よって労働者のマネジメントは決して複雑なものではなかったことでしょう。実際、当時は「科学的管理法」が取られていました。作業能率のみを追求し評価するというものです。

    ポストフォーディズムの到来


    結果的にフォーディズムはオイルショックを機に転換を迫られます。大量生産・大量消費の時代が終わり、「ポストフォーディズム」と呼ばれる、さまざまな消費者のさまざまなニーズに対応する必要性が生まれ、いまの私たちの生産様式に繋がっていきます。

    そして、イタリアの文学者パオロ・ヴィルノはポストフォーディズムについてこのように述べています。

    労働=力が、労働者の持つ肉体的かつ精神的な<すべて>の力量の総体という、その正規の定義に完全に対応するようになったのは、現代においてだとわたしは思います。今日はじめて、労働=力は、精神的、認知的、言語的な能力としても現れているのです。テーラーシステム/フォードシステムの時代にはまだ、基本的には肉体的能力だけが問題とされていました。ですが現代の状況では、精神の生と、何よりも言語能力と、完全に一致しています。

    <引用:パオロ・ヴィルノ「ポストフォーディズムの資本主義」p90>

    つまり、ポストフォーディズムにある現代は、自分の肉体的労働力だけではなく、「特技」「性格」といったものすら生産の道具として動員している状況だということです。

    ただ、この状況は、労働による個人の拘束時間を無限のものにしかねないと筆者は考えます。
    精神的な全てが労働力として動員されている今の時代では、私たちはオフィスを離れた勤務外の時間でも仕事について考える時間があるからです。
    ひとたび職場から離れればそれ以外は全て仕事と無関係、という時代とは大きく違います。

    疲労やストレスが蓄積しやすくなるのは当然のことでしょう。メンタルヘルスが現代の大きな問題になるのもうなずけます。

    「つながらない権利」の誕生

    特にICTの利用が進んでいる今、実際にメールや電話という形で業務そのものを行っていることすら珍しくありません。

    勤務時間外や休日に仕事上のメールや電話への対応を拒否する「つながらない権利」への意識も高まり、フランスやイタリアでは法制化もされています*3。

    また、国内では博報堂DYメディアパートナーズが「スラッシュ7」「サイレント10」といった形で、会議や打ち合わせの時刻に制限を設けたり平日は午後10時以降の連絡を抑制したりするといった施策を実施しています*4。
    日本では法制化されていませんが、ポストフォーディズムの時代では、「つながらない権利」は当然といえば当然のものかもしれません。無限の拘束が労働者の破綻を招くのは想像に難くないことです。

    ポストフォーディズムと「人間的自然」


    さて、どれだけ社会が変化しても、人間には生き物としての限度があります。鳥類は空を飛べても、わたしたちにはできないように、生物学的な特性からは誰も逃れられません。

    「ポストフォーディズム」については多くの社会学者らの俎上に載っていますが、中でも前出のパオロ・ヴィルノは、ポストフォーディズムと「人間的自然」つまり生物としての人間が持つ特性との関連について考察しています。

    人類は「ネオテニー(=幼形成熟)」という特徴を持っています。他の生物に比べ「早産」つまり未熟、未完成の状態で生まれ、その状態が成体になっても維持されるというものです。
    実はこれは人類の生き残り戦略で、未完成だからこそ何にでも変化できる、というメリットがあるのです。言い換えれば「フレキシブル」であること、それが「人間的自然」だとヴィルノは指摘しています。

    そしてこう述べています。

    ポストフォーディズムの資本主義は、剥き出しの「人間的自然」そのものを労働に適用し、ネオテニーや未分化性をまさに真の経済的資源の域にまで高めた、というのが諸君も知っているようにわたしの主張するところです。今日わたしたちが目の前にしているのは、疑似環境の組織的な破壊と、それに付随して露呈するわたしたちの種の生物学的構造です。

    <引用:パオロ・ヴィルノ「ポストフォーディズムの資本主義」p78>(下線は筆者加筆)

    例えば一人の人間がいくつもの異なる分野で働くことができるというフレキシビリティは現代の働き方の特徴です。ヴィルノの論によれば、これはネオテニーのなせる技です。
    また「学び直し」「生涯学習」というのも、未熟、未完成の状態にある人間だから可能であり、同時にこれらの行為も労働・生産の一部です。

    歓迎しようとするまいと、ポストフォーディズムがこのような本質を孕んでいるとするならば、わたしたちは「人間的自然」についてもっと知らなければなりません。

    現代に求められるのは「未完成さ」である


    まず、ネオテニーという「未完成さ」について言えば、フレキシビリティというのはメリットと言えるでしょう。
    ただ同時に哲学者・経済学者である的場昭弘氏は、フランス滞在中にこのような感想を述べています*5(下線は筆者加筆)。

    さて私の今回の一年の滞在とかれこれ30年近く前の滞在を比較するならば、明らかな違いがある。まず歳を取ったことでネオテニー度が低下していること、そして専門能力も発展した結果、免除もなくなり、潜在的可能性が激減していることだ。

    ここでいう「免除」というのはヴィルノの使っている言葉で説明は長くなるので避けますが、専門能力が発展しすぎると潜在的可能性が激減してしまう、というのは興味深い指摘です。
    実際、現代は、ひとつのことだけできてもビジネスの場で通用しないシーンはしばしばあります。

    そして、ネオテニーという特性が経済的資源として社会に開かれているポストフォーディズムの時代では、環境への適応のために常に学習し続けなければならないこともあり、ヴィルノはこのように指摘しています。

    「構造的な早産」の未完性、その結果として周囲の状況につねに新しく適応しなければならないこと、これは、もはや社会的な羞恥心の原因ではありません。現代の労働機構はそのような未完性を癒そうとするどころか利用するのであり、採用試験の面接ではこれを披瀝する必要さえあります。ともかく重要なのは、そのときどきに学習した事柄ではなく、一般的な学習能力(つねに個々の実現をしのぐ潜在能力)を絶えず示すことです。

    <引用:パオロ・ヴィルノ「ポストフォーディズムの資本主義」p85>

    現代、漠然と語られている「創造力」「フレキシビリティ」という言葉は、ポストフォーディズムと人間の本質を覗くことで説得力を持つのではないでしょうか。
    また、これは組織全体についても当てはまることかもしれません。

    wp01-2

    お役立ち資料のご案内

    適性検査eF-1Gご紹介資料

    ・適性検査eF-1Gの概要
    ・適性検査eF-1Gの特徴・アウトプット
    ・適性検査eF-1Gの導入実績や導入事例

    ≫ 資料ダウンロードはこちら
    著者:清水 沙矢香
    2002年京都大学理学部卒業後、TBSに主に報道記者として勤務。社会部記者として事件・事故、テクノロジー、経済部記者として各種市場・産業など幅広く取材、その後フリー。
    取材経験や各種統計の分析を元に多数メディアに寄稿中。

    *1
    「2017年 国土交通白書」国土交通省
    https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h28/hakusho/h29/pdf/np101300.pdf p27

    *2
    挽地康彦「ポストフォーディズムにおける「労働」の統治」
    http://jsasa.org/paper/28_7.pdf p59

    *3
    「つながらない権利、世界各国が法制化 日本は動きなし」日経BizGate
    https://bizgate.nikkei.com/article/DGXZQOCD1871T018052022000000 

    *4
    「働き方の方針」博報堂DYメディアパートナーズ
    https://www.hakuhodody-media.co.jp/corporate_profile/workguideline.html 

    *5
    「非文字資料についてのあれこれ」神奈川大学学術機関リポジトリ
    https://kanagawa-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=8669&file_id=18&file_no=1