心理的安全性と個性を生かすということ


企業文化とのマッチングで用いられる適性検査


新卒採用では、自社の企業文化あるいは企業風土に合う人材を選ぶことが出来れば、内定辞退や離職率は下がると考える採用担当者の方が多いようです。

実際、当社の適性検査を採用いただいたお客様の動機をお聞きすると、内定辞退や若手の離職率低減のために、多様な軸と高い精度をもつ適性検査が必要だったとお答えをいただいています。

確かに自社の文化や風土と親和性の高い人材を選出することができれば、離職率の低下に結び付けることは可能です。このように自社の企業文化と応募者とのマッチングを目指して適性検査を利用するのは一面においては正解だと思われます。

ここで「一面においては」と留保したのには、理由があります。
中長期的な視点で考えたときには、企業文化や風土に親和性の高い人材だけを選りすぐるのは多少の問題をはらんでいるのかも知れないと提起したいからです。

話題の心理的安全性と企業文化とのマッチング


Googleが発表した調査レポートによって、心理的安全性がチームの成果に大きく影響を与えていることが広く知られるようになりました。*1

心理的安全性(psychological safety)の学術上の定義では、「チームの心理的安全性とは、チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念のこと」とあります。*2

また「日本の人事部」のHRペディアでは、『職場で誰に何を言っても、どのような指摘をしても、拒絶されることがなく、罰せられる心配もない状態のことをいいます。』と分かりやすく解説されています。*3

何でも言い合える間柄が大事、だからこそ社員同士の価値観や考え方である企業文化、暗黙の規律の現れである企業風土を重視するのはもっともなように思われます。心理的安全性という文脈においても、自社に親和性の高い人材を抽出する目的で、適性診断が用いられることが多くなっているかも知れません。

適性検査を用いて企業文化や風土とのマッチングでスクリーニングをする場合、まず既存社員の価値観、考え方などのパーソナリティを抽出し、採用応募者の適性検査データとの相関の度合いによってスクリーニングをするというのが一般的な方法です。

このとき社員全員を対象に調査する費用や手間の負担を避けるため、一部の社員を対象に抽出します。もっとも企業文化を体得していると目される、いわゆるハイパフォーマーが代表として選ばれるのが典型的です。

企業文化測定に潜む問題点


ここにいくつかの問題点が隠されています。

まずハイパフォーマー、抜きん出て高い業績を上げている人物はもっとも企業文化を体得し、風土にもっとも適っているとの仮定がありそうです。

「抜きん出た業績をあげられる人物」≒「企業文化や風土を代表している」

この仮定は裏返して言うと、企業文化を体得していても業績が上がらない人物はいないはず、業績が上がらないのは企業文化や風土を体得していないからと論理が展開されます。

企業文化や風土は社員一般に通ずる全体的な特徴のはずですから、「抜きん出て」いるごく一部のサンプル抽出という点で、統計学的には代表性を失っています。

一般に人事評価は正規分布を仮定し、少数の高業績者、多数の中程度業績者、少数の低業績者に分布するよう相対評価をしています。社員全体の傾向を抽出するのであれば、もっとも代表性が高いのは標準偏差50前後の平均的な社員をサンプルとして選定するのが正しいアプローチとなります。

しかしながら高業績者であっても、中程度の業績者であっても、企業文化を体得しているという点では違いがない可能性もあります。個人的にはこの仮説は悪くないと思います。
社員の一部にお願いするに際しても、社員を代表する高業績者だからとお願いした方が協力していただけるというメリットもありそうです。

ハイパフォーマーは社員の代表なのか?


ところで話はややそれてしまいますが、一部のハイパフォーマーの行動様式からコンピテンシーモデルをつくり、行動基準や評価基準を作成するという施策もよく見受けられます。

最新の成人発達理論であるダイナミックスキル理論を研究している加藤洋平氏によれば、パフォーマンスは基本的に環境依存的であり、『環境とは、状況と言い換えることができ、私たちの能力の種類とレベルは、置かれている状況に応じて変化する」とされています。*4

たとえば成果が目に見えて分かりやすい営業パーソンであっても、的確なマーケティング、各種の提案資料、セミナーなどの仕掛けやインサイドセールスによる見極めなどを経て、クロージングへ至るわけです。チームセリングのための各種条件が整った上で、本人のスキルが発揮されたものと考えるべきです。

先にあげたGoogleのレポートも、効果的なチームの特長として『真に重要なのは「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」であることを突き止めました。』とあります。個々のメンバーの優秀さではなく、メンバー間の協力関係、心理的安全性こそが重要であると突きとめています。

高いパフォーマンスを上げる個人は、良好な協力関係に支えられているのであり、個人に注目するよりも、メンバー間の関係性に着目する必要があると言えます。

それでは自社の文化や風土との親和性の高い人材から選りすぐれば協力関係が高まるのでしょうか。

協力関係が高まるメンバー構成とは?

文脈効果の高い、ハイコンテクストな組織はいわゆる阿吽の呼吸や忖度で物事が進みますから、コミュニケーションの効率性だけを考えれば、理に適っていそうです。しかし実感的にはハイコンテクストである日本企業は先進各国と比較して圧倒的に生産性が低いとされる点と矛盾しており、違和感を禁じえません。*5

先にあげたHRペディアでも『心理的安全性は単なる仲の良さや、一致団結して仕事に打ち込むことができる雰囲気とは少し異なる意味を持っています。(中略)心理的安全性を、単に仲が良いこと、あるいは罰せられないというルールを決めることと誤解しては、本来の目的からかけ離れてしまう可能性もあります。』としています。また心理的安全性が生産性をあげる背景として次の2点があげられています。

  1. 情報交換がスムーズになる ~自由な発言が許されることによる学習効果
  2. 多様な能力を持つ人材が集まりやすくなる ~多様な価値観が認められ、様々な個性や能力を持つ人が集まり、議論が深まりやすい

つまり心理的安全性による生産性向上の効果は、画一された価値観や文化が共有された状態ではなく、多様な価値観や個性を持つメンバーで構成されているからこそ、活発な議論が行われ、学習効果も進み、成果に結びつきやすくなると解することができます。

多様で最適な人材の組み合わせを実現するための適性検査


生産性が高く、持続的に高い成果を得られる企業は、多様な価値観と専門性の高いスキルを持つメンバーで構成されており、自由に発言し、咎められることがない建設的な文化があるとまとめることができると思います。

翻って、もし自由な発言を控えた方が得であると社員の多くが信じるような状態だとしたら、まず企業文化そのものを変える試みをすべきであり、自社の現時点の企業文化を是としたスクリーニングは行うべきではないはずです。

当社は20年以上、適性検査を提供していますが、その当初より、適性検査は各人の多様な個性を生かしつつ、最適な組み合わせを実現するために用いることを推奨してきました。

最近、自社文化や風土とのスクリーニングを行う、シンプルな適性検査が出てきているようですが、適性検査には、個人の多様性を的確に表すことのできる多種多様な分析軸と高い精度が求められるものと、当社イー・ファルコンは信じています。

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人事課題ごとでの適性検査活用に対する20年以上の実績から得られたノウハウに関するホワイトペーパーや、最新の学生傾向に関する調査レポートなど、随時掲載していきます。貴社の人事戦略から具体的な施策の課題の洗い出し、ご検討、立案などにご利用いただきたく存じます。

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*1:引用元、Google, “re:Work”, チームに必要なものを見極める
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/identify-dynamics-of-effective-teams/

*2:石井遼介著「心理的安全性のつくりかた」日本能率協会マネジメントセンター刊、22頁によるエイミー・C・エドモンドソンの論文の解釈

*3:HRビジョン社、HRペディア「心理的安全性」の項、
https://jinjibu.jp/keyword/detl/855/

*4:加藤洋平著「成人発達理論による能力の成長」日本能率協会マネジメントセンター刊、51頁、第1章第5項「能力の環境依存性」

*5:公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2021」

著者:イーファルコン 猪野 勲
株式会社イー・ファルコン 公式Twitter:@efalcon_news