人事異動命令を拒否されたらどうする? 企業側の対処法・注意点を弁護士が解説

    労働契約で定められた人事権の範囲内であれば、会社は従業員に人事異動を命ずる権利があります。しかし実際には、従業員に人事異動命令を拒否されることも少なくありません。

    従業員に人事異動命令を拒否されたら、必要な法律上の検討を行った上で、懲戒処分の要否などを適切に判断しましょう。

    今回は、従業員が人事異動命令を拒否できる場合や、拒否された場合における企業側の対処法・注意点などをまとめました。

    人事異動命令は拒否できるのか? 判断基準を解説


    従業員が会社の人事異動命令を拒否できるかどうかは、以下の手順で判断します。

    (1)人事権の範囲を確定する
    (2)人事権の逸脱に当たるかどうかを判断する
    (3)人事権の濫用に当たるかどうかを判断する

    人事権の範囲は労働契約によって決まる

    会社は従業員に対して、人事権の範囲内で人事異動命令を行うことができます。したがって、まずは人事権の範囲を確定することが必要です。

    人事権の範囲は、労働契約に従って決まります。人事異動命令に関しては、労働契約について以下の2点をチェックしましょう。

    (1)人事異動があり得る旨が明記されているか
    (2)人事異動の範囲が定められているか

    人事異動があり得る旨が明記されているか

    労働契約を締結する際、使用者は労働者に対して労働条件を明示することが義務付けられています(労働基準法15条1項)。

    人事異動の有無も労働条件の1つです。したがって、人事異動があり得る旨が労働者に明示されていなければ、人事異動を命ずることはできません。
    別の書面によって明示することも可能ですが、基本的には労働契約の中で人事異動があり得る旨を定めるのがよいでしょう。

    人事異動の範囲が定められているか

    労働契約によって人事異動の範囲が制限されている場合には、その範囲内でしか人事異動を命ずることはできません。
    たとえば職種が限定されている場合や、転勤がない場合などが考えられますので、労働契約の定めを確認しましょう。

    人事権を逸脱する異動命令は拒否できる

    人事権の範囲を超えて行われた異動命令は、人事権の逸脱として無効となります。従業員は、人事権の逸脱に当たる異動命令を拒否することが可能です。

    <人事権の逸脱に当たる異動命令の例>
    ・労働契約において転勤がない旨が定められているのに、転勤を伴う配置転換を命じられた。
    ・エンジニア職に限定して雇用されたのに、経理職への配置転換を命じられた。

    人事権の範囲内でも、濫用的な異動命令は拒否できる

    労働契約に基づく人事権の範囲内であれば、会社は従業員に対して人事異動を命じることができるのが原則です。

    ただし人事権の範囲内であっても、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる人事異動命令は、権利濫用として無効になり得ると解されています(最高裁昭和61年7月14日判決)。

    「通常甘受すべき程度」が何を意味するかは一義的に明らかではありませんが、たとえば転勤が命じられた際、

    「単身赴任で家族と離れ離れになる」
    「買ったばかりの家を空けなければならない」

    といった程度では、転勤命令が人事権の濫用に当たる可能性は低いと考えられます。

    これに対して、重病の家族を介護する人がいなくなるようなケースでは、転勤命令が人事権の濫用と判断される可能性があります。

    また、人事異動命令に業務上の必要性がない場合や、不当な動機・目的をもってなされた場合には、人事権の濫用として無効になると解されています。

    従業員に人事異動命令を拒否された場合の対処法


    従業員に人事異動命令を拒否された場合、会社としては人事異動命令の適法性を再検証した上で、従業員に対する懲戒処分の要否を検討しましょう。

    人事異動命令の適法性を再検証する

    人事異動命令を拒否した従業員への対応は、その人事異動命令が適法なものであったかどうかによって変わります。

    人事異動命令が適法と思われる場合は、従業員による拒否は労働契約違反に当たるため、懲戒処分を含めた強い対応に出やすいでしょう。
    これに対して、人事異動命令が違法と思われる場合には、懲戒処分を行うと従業員から反論され、会社は不利な立場に置かれてしまう可能性が高いと思われます。

    したがって、従業員への今後の対応を決めるに当たっては、人事異動命令の適法性を再検証することが大切です。人事異動命令を行う段階ですでに検討していると思いますが、今一度フラットな目線で再検証することをお勧めいたします。

    懲戒処分の要否を検討する

    人事異動命令が適法であり、従業員による拒否が労働契約違反に当たると思われる場合は、従業員に対する懲戒処分の要否を検討します。

    懲戒処分を行うべきか否かは、以下の二段階に分けて検討するのがよいでしょう。
    (1)法律上、どの程度の懲戒処分が可能か
    (2)懲戒処分を行うのが得策か否か

    法律上、どの程度の懲戒処分が可能か

    適法な人事異動命令を拒否することは、就業規則上の懲戒事由に該当するケースが大半です。しかし、懲戒事由に該当する場合でも、従業員の行為の性質・態様その他の事情に照らして、不当に重すぎる懲戒処分は無効となります(労働契約法15条)。

    人事異動命令違反の場合、犯罪行為のようにきわめて悪質とは言い難い面があります。そのため、諭旨解雇や懲戒解雇などの重い懲戒処分は無効と判断されやすいでしょう。戒告・けん責や、重くても減給程度の懲戒処分にとどめるべきケースが多いようです。

    法律上、どの程度の懲戒処分が可能であるかについては、過去の裁判例などを分析することで大まかなラインが明らかになります。顧問弁護士などにアドバイスを求めながら、最大限可能な懲戒処分のラインを慎重に見極めましょう。

    懲戒処分を行うのが得策か否か

    法律上は懲戒処分が可能だとしても、従業員に対して直ちに懲戒処分を行うべきであるとは限りません。

    従業員が人事異動命令を拒否することには、それなりの事情があるのかもしれません。従業員の話をよく聞いたうえで、能力や希望に合った仕事を割り当てた方が、懲戒処分を行うより良い結果となることもあり得ます。

    また、懲戒処分が他の従業員に与える影響にも留意する必要があります。
    「人事異動命令を拒否したら懲戒処分」というメッセージが伝えることが、会社全体にとってプラスであるのかどうかをよく考えるべきでしょう(プラスになるケースも、マイナスになるケースもあると思います)。

    まとめ


    会社による人事異動命令を従業員が拒否できるのは、人事権の逸脱または濫用に当たる場合です。
    もし従業員に人事異動命令を拒否された場合、会社は人事異動命令の適法性を再検証した上で、懲戒処分の要否を含めた対応を検討しましょう。

    その際、法律上の観点から分析することに加えて、会社にとってプラスとなる対応を選択する姿勢が大切です。
    人事異動はあくまでも、会社の業績を向上させるための手段に過ぎません。従業員に拒否された場合でも、直ちに懲戒処分を行うのではなく、経営上の観点からどのような対応が望ましいのかをよくご検討ください。

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    著者:阿部 由羅(あべ ゆら) 
    ゆら総合法律事務所代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。企業法務・ベンチャー支援・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。 
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